「つまり、てんばいやーが法に触れることをすれば、捕まえる大義名分ができるのではないでしょうか」
「はふぇ?」
ウォロが何を言っているのか、分からない。
これは、私の頭が悪いからだろうか。
考えて考えて考えて――私は、ウォロが言わんとしていることを、なんとなく理解した。
「捕まえたいなら、あいつらに悪いことさせろって、こと、です? 犯罪者に仕立て上げろと?」
――いやいやいやいや!?
「いやいやいや! 捕まえたいっていうのは別にそういう意味じゃないっすから! そりゃ痛い目に遭え~、って思うけどさ……。それは箪笥の角に小指ぶつけて痛い思いをしろって感じで」
転売は違法じゃない。犯罪じゃない。だから、転売ヤーを犯罪者に仕立て上げようっていうのは、なんかこう、違くない?
「私は転売ヤーから『もう二度と転売しません』って言葉が聞ければ十分なんですが。だからとっ捕まえて、話し合いというか交渉っていうか。いい落としどころが見つかればな~って」
「なるほど」
……甘っちょろいのかな。
さっき、弱い立場の人間から影響が出るんだって、ウォロに主張したのにね。
「後輩さんは善い人ですね」
わざとらしく「善い人」って強調してくる。バカにされている感じがする。
「説得でどうにかなるなら、――言葉で簡単に分かり合える世界なら、どれほどよかったでしょうね」
ウォロの瞳は相変わらず冷たい。
顔は美人だから、感情を失くした人形のような目をされると、妙な迫力があるよ。
「言葉の通じないポケモンと仲良くできるんだから、人間だって分かり合えることはできます!」
ウォロは目を伏せ、ふっと笑った。
「後輩さんのような方がもっと大勢いたら、よかったのかもしれませんね」
「え?」
「いえ、何も。とにかく、てんばいやーのことは、リーダーや上の方に任せましょう。後輩さんは何もしないでくださいね。ひとりで突っ走って、前回のように遭難されたら大変ですよ」
「は? あれはウォロ先パイも共犯じゃないですか! ひとりで突っ走ってなんかないやい! あ、ちょっと笑いながらどこ行くんですか」
「仕事ですよ。ジブン、今日は当番なんです」
「そう言ってサボろうとしてません?」
私は慌ててウォロの後を追った。
追いついて見上げたウォロは、いつも通りの「イチョウ商会のウォロ」だった。
***
「なんか最近怖くない、あいつ」
「ちょっげ?」
「んー。お前の元・親だよ。ほら、ウォロ。ウォロ先パイ」
ウォロの本性を前世のゲームで知っている身からすると、ウォロって私の前でわりと諸々を取り繕わなくなってきた気がする。これっていいこと、なんだろうか。分からないな。
「ウォロの興味は、まだアルセウスに向いてんだろうな。興味を別の何かにするって難しいわあ」
真っ白な雪の中をトゲまると歩き回る。今日は天気がいい。ちょっと雪が解けてきている。
今日と明日は仕事休みの日。いやあ、休みはいいね。連休サイコー! 前世は週休2日制が普通みたいだったみたいだけど、3日、いや、4日でもいいよ。なんてね。
「ほら、頑張ろうね」
「ちょっき、ちょっき」
トゲまるダイエット計画は順調だ。休みの日にちょくちょく歩かせているからね。おやつも控えさせてるよ。段々体重が減ってきたんじゃないかな。
今日は、私の外出についていく新人係の先輩が仕事なので、集落の外に出ることはできない。仕方ないから、集落を1周……、いや、3週で終わりにしましょうかね。
レディーは寒い所が苦手なので、モンスターボールに籠ったまま出てこない。室内に戻ったら嫌と言うほど構ってあげるからね。
なんて思っていたら、
「少し、いいだろうか」
誰かに声をかけられた。
「はい?」
お客さんかな?
後ろを振り返ってみると、そこには可愛女の子がいた。
金髪で、華奢で、白い肩剝き出しの。
「うわ寒そう! え、マジ? さむ、寒いじゃん嘘でしょ、ねえ?」
私は反射的に叫んでしまった。だってさ、仕方ないよね? こんな雪降り積もるシンジュ集落に、ノースリーブで見るからに「夏!」の格好の人がいたらさあ! こういうリアクションになっちゃうじゃん!
「寒くない、んですか」
「いや。ちょうどいいくらいだ」
厳かに答えるのは、シンジュ団の長、カイちゃんだ。ゲームでは“シズメダマ”諸々でお世話になりました。
転生してからは初めましてだね。シンジュ集落に着いた日、リーダーのギンナンさんだけカイちゃんに挨拶したらしい。
いやあ、極度の暑がりだってゲームで知っているけどさあ、実際目にするとビビっちゃうね。これで風邪をひかないのは、逆におかしくない?
トゲまるも「ちょ、ちょげぇ」と若干震えている気がする。
「イチョウ商会の商人だとお見受けしたが」
「あ、はい。そうっす。そういうあなたは、シンジュ団の長の人ですね?」
「ああ。シンジュ団の長、カイだ」
そっか。口調がくだけるのはゲームの主人公――テルくんかショウちゃんだけだもんなあ。商人の私に対しては長としての態度になるよなあ。ちょっと寂しいや。
「何かご用ですか? すみません、今日は非番なので、買いたい物はイチョウ商会の先輩方に言った方が」
「いや、そうではない」
カイちゃんは首を横に振った。
「実は、“ゲンキノツボミ”を必要としている子どもがいるんだ」
カイちゃんから事情を聞いた私は、とある家にお見舞いに来ていた。
布団の上には、ほっぺを赤くして咳き込む子どもがいる。この子、いつも遊んでいた男の子だ。この間、だるまさんがころんだを一緒にやったよね。
この子も集落で流行っている風邪にかかってしまい、布団から離れられない状態なのだという。
「もう3日も熱が下がらなくて……。“ゲンキノツボミ”が足りず、薬も満足に出してもらえなかったんです」
男の子のお母さんはそう言って、眉を八の字にした。
「イチョウ商会で毎日買っても、限りがあるでしょう? 今は集落全体で風邪が流行っているから、特別融通してもらうわけにもいかず。こうしてこの子を見守っているしかないんです。長のカイ様が事情を知って、方々手を尽くしてくださっていますが……」
お母さんの肩が震えていることに気付き、カイちゃんはそっと手を置いた。
この家にはお父さんがいないらしい。1年前、病気で死んだそうだ。
おじいさんとおばあさんがいるけれど、“ゲンキノツボミ”を探しにいける歳ではない。この雪と寒さで簡単に体力を奪われるし、何より野生のポケモンを相手取る必要がある。
じゃあお母さんが行けば、というわけにもいかない。寒さと体力の問題をクリアできても、野生のポケモンを気にしながら“ゲンキノツボミ”を探すのはとても難しい。全裸でテンガン山の頂上に向かうようなものだろう(一瞬、脳裏にハマレンゲさんの姿が思い浮かんだけど慌てて振り払った。やれそうとか考えるのやめろ)。
「“ゲンキノツボミ”、誰か取りに行ってるんですか?」
「特別隊を組んだけれど、未だに風邪が蔓延しているから、満足に動ける若い人が少ないんだよ。野生のポケモンへの対処が上手い人は限られている」
カイちゃんは暗い顔で答えた。
「一縷の望みをかけてイチョウ商会のあなたに訊いてみたが、やはり、ないんだよね」
「うん。ないんですよ。調達の目途が立たないんで、そろそろ“ゲンキノツボミ”は販売休止になるかもって話も……」
「それは困る!!」
カイちゃんが私の肩を掴んで揺さぶりにかかる。ぐえ、やめろおお!
「うわわ!?」
「長としてできることがあるならなんでもする! どうか協力してくれないか!? “ゲンキノツボミ”の調達のために!」
「え、今なんでもするって――ア! 揺すらないで揺すらないで! あと『なんでもする』は簡単に言っちゃダメっすよ!」
何されるか分からんぞ! カイちゃんみたいな可愛い子がなんでもって言っちゃいけません!
「現状“ゲンキノツボミ”は自生しているものを見つけて取りに行くしかないんですって。仕入れが間に合ってないから……」
「じゃあ、わたしが取りに行く!」
「え?」
「長のわたしが、取りに行く。グレイシアもいるんだ、野生のポケモンと渡り合える」
「ええっ? マジで言ってる?」
確かにカイちゃんなら野生のポケモンの心配はしなくていい。土地勘だってあるだろうさ。でも、長が直々に出向くっていいの?
「反対されない?」
「わたしが探しに行くと言ったら止められたことがある。長に何かあったらいけない、と言われたから」
「当たり前です!」
男の子のお母さんの顔が険しい。
「カイさまに何かあったら、皆、悲しみます」
「だけど、シンジュ団の皆が苦しんでいるのに、ただ見ているだけしかできないのは嫌だよ!」
爪が掌に食い込むんじゃないかってくらい、カイちゃんは拳を握りしめる。
「わたしはわたしにできることをしたい。他の者が持っていない力が、わたしにはある。ならば、今ここで役に立てるべきなんだ」
「カイさま……」
私は思わず口にする。
「でも、ひとりは危ないんじゃ?」
「……」
剥き出しの、細い肩が震えていた。
カイちゃんは、シンジュ団の長になったばかりなんだっけ?
この状況に歯痒い思いをしているんだんだろう。
長として何ができるのか。
長として何を守れるのか。
最善策が分からなくて、焦っているのかも。
「ゲホッ、ゲホッゲホッ!」
辛そうな咳の音が聞こえてきた。
布団に寝ていた男の子が、薄っすらと目を開く。
「しょーにんの、おねえちゃん……」
「あ、ダメよ。寝てなさい」
「そうだよ。安静にしてな!」
男の子が起き上がろうとするので、私とお母さんで慌てて押し留めた。
熱に浮かされてぼうっとした顔を見るのは、胸が痛む。
「おねえちゃん、おみまい、……きてくれたの? カイさまもきてくれてさ……、へへ。たまには、かぜ、ひいてみるもんだね」
再び咳き込み、男の子は笑った。
「おねえちゃ、ゴホッ。かぜ、なおったらさ、あそぼーね」
なんて答えたらいいか分からなくなって言葉に詰まった。けど、私はいつも通りの笑顔を作ってみせる。
「っ、うん。遊ぼうな。また、だるまさんがころんだ、しよう」
「ん」
男の子は微かに口角を上げて、目を瞑った。喋るのも辛いだろうに。気を遣わせてしまったんじゃないか?
お母さんが男の子の額の手拭いを取り替える。その手には、あかぎれが浮かんでいた。改めてお母さんの顔を見る。……目に隈があり、顔色も悪い。着ている服もボロボロだ。
私はウォロに言った言葉を思い出す。
――嫌ですよ、そんなの! こういう悪いことは、力のない人や立場の弱い人から影響が出るんです!
ああ。恐れていたことが起きちゃったよ。
湧き上がってくる熱いものに、ぐっと奥歯を噛みしめる。
私は商人だ。物を売るのが仕事だ。
だけど、それだけじゃ、この子を治してあげられない。
カイちゃんも、こんな焦燥感を抱いてるんだろうか。
……分かるよ、私も。そりゃもう、痛いくらいに。
苦しんでいる人たちを、一刻も早く救いたい。
「カイちゃ――カイさん」
私は覚悟を決めた。
ギンナンさん、ごめん!
やっぱ私、じっとしてんの無理なんだわ!
「私、明日も休みなんです。一緒に“ゲンキノツボミ”探しに行きましょうよ、カイさん」
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