その後の話をしようと思う。
たくさん語ることがあるな。
まずは転売ヤーのことだ。
転売ヤーたちは、見事全員にお縄になり、コトブキムラの警備隊に引き渡された。
転売ヤーたちは他の土地からの移住者で、ヒスイに馴染めなかったあぶれた者たちの集まりだったらしい。新しい生活を夢見てやって来たのに、待っていたのは拒絶と追放。
「世の中ってのは、弱肉強食。長い物には巻かれろ。奪われる前に奪わなきゃ、上手く生きていけねえんだ』
『……向こうが俺らを道具扱いするんなら、俺だってそうしていいはずだ。そうだろ、なあ? そうじゃなきゃ、理不尽だろうが』
なるほど。どうりでリーダーの男が何か言ってたわけだ。
ここは、余所者には特に厳しいもんな。
転売ヤーたちの仲間はもっといたらしいけど、リーダーや黄色い着物の男たちについていけず、どんどん離脱していったそうだ。4人であの規模のねぐらにいるの、変だと思ったわ……。
今回、転売の仕組みを思いついたのは本当に偶然で、普段はポケモンを捕まえて、お金になりそうな部位を……ということらしい。あんま聞きたくないね、これ。ロケット団の先駆けか何か?
余罪はまだまだありそうだ。こいつらには、きっちりと罰を受けてもらいたい。
あんな奴らでも、最後まで戦ってくれたズバットやオニゴーリみたいなポケモンもいるんだしさ。道具とか言わないで欲しいよな。
さて、お次は風邪をひいていた男の子のこと。今回私とカイちゃんは、品薄の“ゲンキノツボミ”を求め、内緒で凍土を歩き回った。私が転売ヤーとやり合ったので“ゲンキノツボミ”は採れなかったんだけど、緊急事態だからと転売ヤーが独占していたものを使い、医者に薬を煎じてもらった。
男の子はすっかり回復して、村の子どもたちと遊んでいる。ご家族からも大変感謝された。ごちそうになった雑炊、美味しかったなあ……。
そうそう、私はカイちゃんに怪我の手当てされながら、謝り倒された。彼女の悩みが尽きることはないんだろう。
でも、この件でちょっとは自信がついたらいいな。3歩進んで2歩下がる、みたいな進歩だけど。カイちゃんと私の仲は深まった気がするぞ。
それから、私のこと。
転売ヤーの件があったので、こっぴどく怒られなかった。が、言いつけを破って村の外へ出た挙句、誘拐されて商会どころかシンジュ団・ギンガ団に多大な迷惑をかけてしまったので、それ相応の処分はあった。
1週間の謹慎及び、シンジュ団・ギンガ団への無償奉仕。
正直、もっと重い処分が下ると思っていたので拍子抜けしてしまった。そんな私の気持ちを見越したのか、ギンナンさんから「日数増やすか?」と提案されてしまい、土下座でなんとか回避した。
ギンナンさんをはじめ、イチョウ商会の皆さんには大変心労をかけてしまったので、しばらくは大人しくしていたい(と思う)。そういえば、イチョウ商会内では胃薬の在庫が一時品薄になったらしい。不思議だねー。
今回の件で負った傷は完全ではないが、癒えつつある。殴られた痕は色んな人から心配されたが、特に驚いたのは、ギンナンさんからのこれ。「……嫁の貰い手がないなら、おれが面倒を一生見るから」だ。確かに家族だと思っている人だけどさ、そんなこと言われると答えに困る。それは最終手段だよ。結婚願望とか全くないし。
やっぱヒスイくらい昔の時代だと、結婚って何が何でもしなくちゃいけないんかねー。
さて、最後はゾロアークとゾロアのことだ。
あの日、カイちゃんに泣きながら抱きつかれ、ノボリさんに健闘を讃えられと、色んな人たちに囲まれていたところ、ゾロアークたちは、いつの間にかいなくなってしまったのだ。
もちろん、私は皆に説明した。今回の功労者はゾロアークだと。ゾロアークはゾロアを人質に取られて、転売ヤーの言うことを聞くしかなかったのだと。きっと、色んな悪事の片棒を担がされていたに違いない。
だから、あのゾロアークたちにお礼をしたかったのに……。あの子たちは、野生へ帰っていったのだろうか。探しに行きたかったが、謹慎中の身で勝手はできない。カイちゃんが「探してみる」と申し出てくれたけど……、もう、会えないのかもなあ。
***
あれからだいぶ、日数が経った。
今日はコトブキムラへ移動の日。シンジュ団の皆さんとは、しばらくお別れだ。
出発前、私は食堂として使っていた部屋で、トゲまるとレディーにご褒美をあげていた。
「トゲまる、お手柄だったね!」
「チョッゲ!」
トゲまるは、目印代わりのハチミツに気付いたんだってさ。いやあ、賢いねえ~。食い意地が張ってる? いや、知らん知らん。うちのトゲまるは、世界で一番プリチーなんで。異論は認めん。
「レディーもお疲れ様。すっごく助かったよー! お前がいなきゃ、どうなってたことやら」
「ケッ!」
そっぽを向いたレディーだったが、その手にはしっかりとご褒美のきのみが握られている。微笑ましい気持ちで、私たちは出発前の食事を楽しんでいた。
食堂は貸し切り状態。私は荷造り終えたし、在庫の積み込みは力のある男たちでやるから、今は暇なんだ。怪我も完治してないから、商会の皆が気遣ってくれるんだよね。お言葉に甘えて休みましょう。治ったらバリバリ働くぞ!
「後輩さん」
トゲまるたちとの癒やし空間に、予想外の人がやって来た。
「ウォロ先パイ、ちーっす!」
「また独特な挨拶を……」
そして、何故か目の前に座るウォロ。
無言で私たちを眺めるんじゃないよ。
「先パイ、ご飯は済んだんですか」
「ええ、もちろん」
じゃあ、何で食堂に来たんだろうか。私に会いに来た? まさか、アルセウス激推しのウォロが……?
「何か用があるんでは?」
「まあ、いいじゃないですか」
「はあ……?」
あの日から、どうもウォロの態度が……微妙に変だ。
何か変わった気がするんだけど、それが何かはまだ掴めていない。
……もしかして、ギラティナとは縁を切って、アルセウスのことは吹っ切れた? だから何か変だと思うのかな?
ってかさあ、ウォロが洞窟に入ってくる直前、ポケモンの鳴き声がしたよね?
アルセウスとギラティナ。
ネタバレすると、口からポケモンの鳴き声が出てくる私の見解では、明らかにこの2匹だね。
あれってさあ、アルセウスかギラティナが私のことを助けてくれたのかな? あのタイミングでの鳴き声って、そういうことだよね?
あの時のことを考えると――やっぱアルセウスだったのかな。そのくらい、私ってやばい状況だったわけ? うーん、ちょっと悪寒がするかも。
「寒いんですか」
私が急に自分の身体を抱きしめたせいだろう、ウォロに心配されてしまった。
「毛布を持ってきましょうか」
「いや、大丈夫っす。あ、部屋を暖かくしなくてもいいです。はい、うん、座って」
立ち上がるウォロを慌てて制した。なんなんだ。何故、過保護になる。
もしかして、まだ怪我が完治してないから?
「痛むんですか」
「いや、マジでいちいち反応しなくていいっすからあ!」
頬の怪我、触っただけじゃーん!
「先パイは、私の一挙一動を観察してないと気が済まない病にかかったんです?」
「そんなことは……、ないと思い、ますけどね……」
「歯切れ悪う」
私の腕の中のトゲまるがキャッキャと笑った。どこに面白い要素があった。
「そんな病、あるわけないってのに」
「……目が、離せないんですよ」
「ああ。私が何しでかすか分かんないっすもんね。前科があるし~」
ほんの軽口のつもりだった。
なのに、ウォロは口元を緩め、目尻を下げて、笑ったんだ。
「……アナタが次に、どんなことをするのか……。ジブンはとても、興味があります」
「きょう、み」
まさか、それって。
「『おもしれー女』になれたってこと!?」
ってことは、原作は改変できたってこと!?
ウォロの最近の変化って、私を「おもしれー女」って認識したからってこと!?
感激のあまり、私は椅子から立ち上がった。呆気に取られているウォロの両手を掴み、ぶんぶんと上下に振り回す。
「じゃあじゃあじゃあ!! 私って、ウォロ先パイから見たら、面白いんですね!?」
「ええ、はい。前に言いませんでしたっけ」
「えっ、言いました?」
「アナタと初めて、イモモチを食べた日に」
「アーハン?」
あっ、思い出した。そうそう、〈黒曜の原野〉でイモモチ食べたわ。
そこで、ウォロと色んな話をして。
そうだ、ポケモンを怖がらないんですね、って言われて。
――面白いって言われて、決意したんだ。
もっと「おもしれー女」になったら、アルセウスから興味を逸らせる。アルセウス一点集中だった興味が、私を通じてもっと外へ広がる。原作が改変され、主人公が来る必要がなくなるはず。
だから、こうして奮闘していたわけで。
「やった! もっと面白いって思ってるわけですね!?」
「はい、そうですよ」
やった。目標達成――いや、まだ油断ならない。あの時ギラティナの声も聞こえたんだし、接触してる可能性があるぞ。そのまま手を切るんだ。主人公をヒスイに来させるな!
「後輩さんは愉快で、……本当に興味深いです」
湿度の高い声色だった。
ゾクリ、と。より一層、背筋が寒くなった。
目の前のウォロは、楽しそうに笑っている。なのに、なんで嫌な予感がするんだろうか。
だって、アルセウスへの興味を逸したら、原作は改変できるはずで。
おもしれー女の私に興味が向くはずで。
こんなに過保護なのは、……何か変わった気がするのは、私に興味があるから、なんだよ、ね……?
ここから、もっと興味の対象を増やしていけば、原作改変は完了、ハッピーエンド! 次回作はないでーす! ……なんだよな?
えっ、この違和感は何。
あれ? 私、またなんかやっちゃいましたあ……?
「後輩さん」
「しんじーん!」
ウォロが何か言いかけた瞬間、息せき切った様子で誰かが食堂に入ってきた。
「ぬわっ、カイさん!?」
相も変わらず寒そうな格好で!
「シンジュ集落の入口に向かってほしい。あれは、あなたの客人だ」
「私の?」
カイちゃんは小さくうなずく。
「あなたが探していた、ゾロアークが来ている」
***
純白の雪に、ぽつんと朱が浮かんでいる。
シンジュ集落の入口にゾロアークは佇んでいた。
「ゾロアーク!」
「くおん!」
ゾロアークは私の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「元気だった? 君たちが頑張ってくれたのにいなくなっちゃったからさ。お礼も手当てもできなくて……」
視界いっぱいに、もふもふの毛皮が広がっていた。ああ、ゾロアークに抱きしめられたのか。
「くあぁああん……」
「ん……」
私もゾロアークを抱きしめ返す。
とても、温かかった。「今世の私」が、人間に求めて得られなかったものだ。
同時に、懐かしいと思った。
小さい頃、ヒスイのゾロアーク――さっちゃんと遊んだ、あの頃の記憶が脳裏に蘇る。
かけっこにかくれんぼに、おままごと。
私たちは、いつでも一緒だった。
自分がポケモンならどんなにいいのかと、叶わぬ夢を見ていた。
きっと「今世の私」なら、ずっとずっと、世界を恨んだままだろう。けれど、今の私は、ある意味別の私だから。
「ハイブリッド私」は、世界を恨まない。
この世界には、それでも素敵なものがある。醜いと断定できないものがある。
それは、汚泥の中から拾い上げた、小さな宝石のようなものだ。
私はそれを大事にしたい。
この温もりが、この世界にある限り。
どのくらい、そうしていただろう。ゾロアークはゆっくりと、私から離れた。
「……お別れなんだね」
「こきゅきゅーん」
ゾロアークがここに現れたのは、私にお礼を言うためだったのだろう。
「あ……」
ゾロアークの遥か後ろ――真白の雪原に、灰色の塊が集まっている。よく目を凝らしてみれば、もう1匹のゾロアークが。数匹のゾロアたちもいる。ああ、なるほど。だから一層、ゾロアークは転売ヤーたちから離れられなかったのか。
「家族?」
こくり、とゾロアークはうなずく。
「よかった、君は……」
胸に押し寄せる気持ちを、はっきりと言葉にできない。けれど、妙に泣きたくなって、ぐっと唇を噛む。
「君は、さ。もしかして、川に流されていった、『アタシ』と遊んでたさっちゃん――」
ゾロアークの爪が伸ばされ、触れる寸前で止まった。人間でいうところの、「しーっ」のジェスチャー。
それなら、私から話すことは、もうない。
ゾロアークは歩き出す。家族の待つ場所へ。
「……バイバイ。元気でね」
助けてくれて、ありがとう。
家族と幸せにね。
「あれ……?」
遠くから、灰色の毛玉が――ゾロアが1匹、駆けてくる。ゾロアークと入れ違いになるように。
そして、ゾロアークとゾロアが相対する。ああ、子が親を迎えにきたのか。そう納得したが、どうも違ったらしい。
ゾロアは「こん!」と鳴いてゾロアークと別れたあと、雪をまき散らしながらこちらに駆けてきて、私の前で止まった。
「きゅぬーん!」
「えっ」
ちょっと待って。
「君、家族と一緒に……」
あのゾロアークがこっちを見て、小さくうなずいた。そして、待っていた家族と合流し、〈純白の凍土〉のどこかへと姿を消してしまった。
「こぬん」
残されたのは、ゾロアただ1匹。
なるほど、そういうことなら……。
「一緒に来る? 私はイチョウ商会の商人だから、食いっぱぐれることはないはずだけど」
「こぬん!!」
「ふっふっふ。“いきいきイナホ”は好きかな?」
私はゾロアを抱き上げる。あとでボールを用意しなければ。
「そうと決まれば、名前を決めないとねー。さっちゃん2号……、はダメか。さちのすけ、ぞろっち、ろあちゃん……?」
さて、私も戻ろう。
私の居場所、イチョウ商会に。
数日後。
テンガン山の頂上に「時空の裂け目」が発生してしまった。
いよいよ、原作の主人公がやって来る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夢主の 賢さが 1上がった▼
夢主の 慎重さが 7上がった▼
夢主の ウォロへの警戒度が 5上がった▼
カイの 夢主への好感度が 20上がった▼
ウォロの 夢主への好感度が ???上がった▼
ウォロの 夢主への???が ???上がった▼
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます