第3章:転売ヤー絶許 - 6/12

 転売ヤー対策のため購入制限を設けてから数週間が経った。

「……ギンナンさーん。難しい顔してどうしたんすか」

 休憩から戻ってきたギンナンさんは、いつもより暗い雰囲気を纏っていて、テンションも数段低かった。

 木箱の上にどっかり座り込むと、ギンナンさんは「ダメだ」と呟いた。

「ダメって何が?」
「他の商会から連絡があった。転売が止まらない」
「な、なんだってー!?」

 由々しき事態!

「おかしくないっすか? 厳しく購入制限設けてんのに? おひとり様3個にしてましたよね?」

 転売ヤーが商会から買った“ゲンキノツボミ”を転売しているから購入制限をかけたのに! 意味がないじゃん!

「あ、医者とか医療に関係ある人はその限りじゃないってことにしてましたよね? まさか医者が転売してるとか?」
「それはない。……はずなんだけどね」

 ギンナンさんは腕を組んで唸った。

 疑おうと思えばいくらでも疑える。ギンナンさんは、お客さん相手に疑心暗鬼にはなりたくないのだろう。

「転売ヤーの顔って割れてるんですか?」
「何人かはね。似顔絵を書いたり、特徴を記録したりして購入できないようにしているが……」

 この時代に写真はあるけど、お店に行って撮影するのが普通だ。そもそも、カメラ自体が珍しい。まだ持ち運びのカメラはないらしいので、スマホみたいに気軽に撮れないんだよな。写真があれば転売ヤーも見つけやすいんだけどなー。

「商会からの購入を制限したからてんばいやーの高額転売も止まると思っていた。だが、どういうわけか大量の“ゲンキノツボミ”を仕入れて売り捌いている転売ヤーがいるみたいだ」

 転売ヤー対策は効いているみたいだけど、複数の商会や商人の目をくぐり抜けている奴はいるようだ。

「てんばいやーの方が上手のようだ……」

 そういえば、ギンナンさんも転売ヤーなんて言葉使うんだ。いや違うわこれ。私が使ってるからギンナンさんにも定着しちゃったんだわ。

「どこから仕入れているんだろうね」
「もしかして地道に採取?」
「それはないだろう」
「可能性は低いですよね。ま、言ってみただけです」

 コツコツ地道にやれる奴が、楽してぼろ儲けする高額転売なんてしないよね。

「転売ヤーがいなくならないのは、買う人がいるからですよ。撲滅させたいならお客さんに高額過ぎる“ゲンキノツボミ”は買わないようにって言えば――」

 ギンナンさんはゆっくりと首を横に振った。

「新人の言っていることは正しいよ。それが一番の解決策だろう」

 でも、とギンナンさんは言う。

「以前共有したと思うが、今は風邪が流行しているから、ますます“ゲンキノツボミ”の需要が高くなっている。風邪をひいた相手のために、どうしても“ゲンキノツボミ”が必要で、やむを得ず転売ヤーから買ってる人がいるんだろう」

 イチョウ商会みたいに真っ当な商売をしている所は、商品に購入制限があるから満足な数は購入できない。
 しかし、転売ヤーの場合は制限なしで商品を購入できる。

「多少高くても、と購入するお客さんがいるんだ。命が助かるならそれくらい安いものだと」
「……」

 このヒスイは、私の前世の時代から見れば随分と発展が遅れている。薬で治るような病も、ヒスイでは重篤なものというケースもある。たかが風邪、で済ませられないのだ。

 だから、転売ヤーから商品を買おうとするお客さんの気持ちは、分からないでもない。

「それでも――」
「いらっしゃい」
「え。あ、いらっしゃい、ませー!」

 お客さん来てたのか……。ギンナンさんとの会話に夢中になってて気付かなかった。接客モードに切り替えねば!

 お客さんは2人。シンジュ団の服を着た、若い男の人と女の人。夫婦なのかな。

 この2人は“ゲンキノツボミ”を購入して帰っていった。おひとり様3個までなので、計6個のお買い上げだ。

 それから数分後。今度は7、8歳くらいの男の子がやって来た。恥ずかしいのか、俯きながら紙の切れ端を差し出す。なるほど、おつかいメモね。この男の子は“ゲンキノツボミ”を3個買っていった。

 それから、今度はおばあさんと息子さんの2人組が、やっぱり“ゲンキノツボミ”を計6個買っていった。

 おじいちゃん、女の子、妙齢の女性、中年の男性……。今日も“ゲンキノツボミ”がよく売れる。

「人気ですねえ、“ゲンキノツボミ”。そろそろ仕入れ分がなくなります」
「あと6人分くらいか」
「すみません。“スナハマダイコン”、いただけますか」

 今度やって来たのは――あれ?

「いらっしゃい。さっきも来た子だね?」

 おつかいメモを渡した男の子が、おばあさんらしき人と一緒にやって来た。

「あれ、さっきぶりだね。今度はおじいさんと来たの?」
「え? 今日は初めて来たよ?」
「嘘。だってさっき、私に紙渡してくれたじゃん? ひとりで買い物に来てくれたよね?」
「違うよ。今日はこれが初めてだよ」

 おかしい。何で?

 私は思わずギンナンさんの方へ顔を向けた。

「ギンナンさん、見覚えありますよね」

 ギンナンさんは険しい表情でうなずく。

「あるよ。1時間も経っていないから、覚えている。君、さっき“ゲンキノツボミ”を買ったよね?」

 男の子は首を横に振って否定する。

「ううん。具合が悪い人は家にいないから、“ゲンキノツボミ”はいらないよ。だよね、おばあちゃん」

 おばあさんも「孫の言う通りです」と男の子に同調した。

「孫を誰かと勘違いしておるのでは?」
「いや、それは」

 ない、と言いかけて、ギンナンさんが彫像のように固まった。

「あれ、ギンナンさん? ギンナンさーん?」
「――」

 どこ見てんの? お客さん2人の後ろ見てる?

 ギンナンさんの視線の行方を追ってみると、

「えええっ!?」

 私の目がおかしくなったんか?

「同じ子が2人いる?」

 おばあさんと男の子ペアの後ろに、若い男と男の子が2人いる。うわ、ややこしい表現だな!

 えーと、だから、何だ。つまり簡単に言うと、同じ顔の男の子が瓜二つっていうか。そっくりさんが2人いるというか。あれ、つまりどういうことだ!?

 双子じゃない限り、この世に自分そっくりな人なんていなくない? あ。そうだわ。きっと双子なんだ!

「ねえ、君。双子だったりする?」
「何言ってんの? 妹がひとりいるだけだよ」

 じゃあ、君の後ろにいる、君そっくりな男の子は何なの? ドッペルゲンガー?

 頭の中はぐるぐる状態。一体何が起こっているんだ、と軽くパニックになってしまう。

 と、後から来た男性と男の子ペアは先に来ていたおばあさんと男の子ペアに気付き「しまった」という表情を浮かべた。

 そして、回れ右をして一目散に逃げていく。

「え、ちょ」

 そんな逃げ方したら僕たちの方が偽物です、怪しい者です、と主張しているようなものでは!?

「ギ、ギンナンさーん。一体何が!?」
「――まさか」

 ギンナンさんは硬直から回復していたらしい。言うが早いか、商品として並べていたとあるものを引っ掴むと、逃げる男の子に向かってぶん投げた!

「わーー!? ギンナンさん何して!?」

 プロ野球投手顔負けの綺麗なフォーム! もしかしたらギンガ団の調査隊に入ったら大活躍できるんじゃないですか!? ――って、そうじゃなくて!

「何で“イナホだま”なんて投げてんですか! 商品ですよギンナンさん!」
「見ていろ」

 華麗な軌道を描き、ぽこん、と間抜けな音を立てて“イナホだま”が男の子の頭に当たった。

 瞬間、獣の耳が生えた。

「!?」

 待って待って待って。どういうことなの?
 心臓飛び出そうなくらいの衝撃なんだが!?

「どゆこと!?」

 どうして男の子の頭から耳が生えるんだよ!? あれって犬っつうか狐の耳っぽい? 頭に耳を生やすのが許されるのは、ハロウィンか某夢の国だけだからな!?

 いや、そもそも普通の人間がいきなり耳を生やすなんてできるわけがない。

 じゃあ、あの子は人間じゃない?

「――もしかして、ポケモン?」

 耳が生えた男の子は、“いきいきイナホ”で作った、ポケモンの気を引く道具“イナホだま”を食べ始める。人間が食べても害はないけど、あれって味が薄くて進んで食べようと思えない代物だ。

「このバカ! 食ってる場合じゃねえだろ!」

 連れの男が男の子の頭をはたき、小脇に抱えた。
 あ。逃げるぞ、あの2人。

「ちょ、まっ! そこの2人止まれー!」

 絶対何か事情を知っているはずだ。追いかけようとした私の肩を、ギンナンさんが掴んだ。

「追いかけるな」
「でも」
「いいから」
「……はーい」

 そんな強い口調で引き留められるとね。前科があるので、大人しく従っておきます……。

「ねえ、さっきの何だったの? 何で僕と同じ顔だったの?」

 男の子がおばあさんにしがみついている。ああ、そうか。そうだよな。自分と同じ姿をした何かがいたら怖くなるよな。

「あれは……」

 あれは、何だ?

「ポケモンだ。ゾロア、もしくは、ゾロアーク」

 私の代わりにギンナンさんが答えた。

「他のポケモンや人間に化ける、ポケモンだ」

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