第3章:転売ヤー絶許 - 14/16

 突如咆哮した“それ”は、赤い瞳でウォロを一瞥したあと、影の中へ溶けるように消えた。

「――」

 氷雪の世界に静寂が戻ってきた。
 しばらく呆然と宙を見ていたウォロだったが、

「もしや。……いや、まさか」

 あることに思い至り、編成隊がいる方へ駆け出した。

***

 洞窟の中は大乱闘、大混乱。
 技のぶつかり合いから発生した、一瞬の硬直。そこからすぐに復活したのは、ゾロアークだった。

「くぅわあああん!」

 再び【バークアウト】を放つゾロアーク。ひらりと躱したズバットが、鋭い風――【エアーカッター】を放つ。

「ガッ!?」

 次の瞬間、ズバットの羽が静止し、地面に落ちた。ゾロアたちが【かげうち】で背後から奇襲したんだ。数の力がこの勝負を制した。

「くそ、使えねぇ奴め」

 リーダーの男が舌打ちした。

「使えねぇってなんだよ! ズバットの実力を発揮できなかったあんたがダメなんじゃん!」
「黙れ小娘! 逃げられると思うなよ」

 リーダーがナイフを出して凄むが、ゾロアークが私を庇うように前に出た。へへん、怖くないやい。
 どうやらこの男、ズバット以外のポケモンは持っていないようだ。

「私たちの勝ち。さあ、そこ退いて」
「まだだ、まだ負けてない」

 リーダーの男の顔が醜く歪み、ナイフを持つ手が震える。

「ここで終わってたまるか! 俺は――俺はのし上がって、見返して――」
「ゾロアーク!」

 技を出して気絶させてもらおう。ゾロアークがこくりとうなずいた、その時だった。

「へへ。そうですよ、お頭。俺たちはまだ負けてない」

 私たちは弾かれたように洞窟の入口に視線を移した。

「あっ、あんたは……!」

 黄色い着物の男が下卑た笑みを浮かべて立っていた。
 引き連れているのは、ユキカブリ。
 そして――。

「オ、オニゴーリ……?」

***

 編成隊はすでに野営地に突入していた。ウォロは出遅れたと少し焦るが、隊員たちの姿を見つけ、素知らぬ顔で紛れ込んだ。

「状況は?」
「ウォロさん! 今、転売ヤーのひとりを捕まえたところです」

 捕縛されたのは緑色の着物を着た男だった。後ろ手に縄で縛られ、しおらしくしている。
 ギンナンも側にいて、苦りきった表情を浮かべていた。

「こいつら、ここを離れるために、荷物をまとめていたようです」
「おーい、あっちに檻に入れられたポケモンもいるぞ!」
「“ゲンキノツボミ”や他の薬草もあるぞ! もしかして商売になりそうなものは、片っ端から……?」

 隊員たちから疑いの目を向けられ、緑着物の男はたじろぐ。そして、もう己が逃げられないことを悟ったらしく、ふて腐れながら「そうだよ。俺たちの商品だ」と言い放った。

「商品、だと?」

 ギンナンが珍しく声を荒げた。

「おまえたちは商会から商品を買い、わざわざ高値に設定してから売りつけていただけだろう! これを商売だなんて、おれたち商人は認めない。客を金づるとしか見ないおまえたちを認めない」

 他の隊員たちも険しい表情で緑着物の男を睨む。
 
「おまえたちの仔細はあとで訊く。それで、あの子はどこだ。おれたちの仲間の商人を攫ってどこへやった?」
「……ここじゃない。攫ってきたポケモンたちを入れる場所がある」

 緑着物の男は素直に居場所を吐いたが、ギンナンたちを見渡して自虐気味に笑った。

「でも、もうダメかもな」
「何が言いたい」
「あいつ、俺に逃げる準備を押しつけてあっちに行っちまった。2人がかりなら逃げ切れたってのに。……あいつはさ、鼻が利くんだ。己の欲望に忠実って言えばいいのか。一度キレちまったら、お頭でさえ手がつけられねえ。あの商人の女、今頃――」

 ギンナンが「どういうことだ」と詰め寄るが、緑着物の男はただ笑うだけだ。

「ギンナンさん。一刻も早く、彼女のもとへ向かいましょう」

 努めて冷静さを保っているが、ウォロの心はざわめいている。

 あれが反応しているのであれば、もしや、相見えるのではなかろうか。
 しかし、高揚感と焦燥感が綯い交ぜになって、本当の心がどこにあるのか分からなくなってくる。

(早く彼女を救い出さなければ)

 そうすれば、いつもの自分が戻ってくるはずだから。

***

 まさかの追加戦力! オニゴーリにユキカブリなんて聞いてないぞ。

「お前、あっちはどうした」
「いいんですよ、細かいことは。俺は手が必要だからと思って来ただけのこと。――こっちの方が、どう見ても楽しそうじゃねえですか」

 黄色い着物の男はニヤニヤと私を見やる。

「お頭の予想通り、商人や村の奴らが大勢でここに押しかけてきました。俺たちが捕まるのも時間の問題でしょう」
「……クソ。もうここに来やがったか。おい、逃げるぞ」
「逃げる? 冗談を」

 黄色い着物の男はせせら笑った。

「俺はこの女をどうにかしてえやらねえと気が済まねえ。逃げるなら他の奴らとどうぞ」
「てめえ……」

 ここに来て仲間割れか? 普通、部下はリーダーの指示に従うんじゃないの? ことごとく統率が取れてないよな。でも、こいつらって、ポケモンも人間も道具として扱っている点は共通してんだよな。誰も他人を信じていないなら、バラバラになるのも当然なのかも。

「この女に負けたのは癪だが、俺は逃げるぞ」
「ひとりなら逃げられるかもしれねえですね。俺たちを囮にして逃げりゃいい」
「……そうさせてもらう。ここで終わるわけにはいかねえ」

 リーダーは滑る地面に足を取られつつも、洞窟から外へ逃げていった。……倒れたズバットを顧みることは、とうとうなかった。

 私は黄色い着物の男と対峙する。向こうの手持ちはユキカブリ、オニゴーリ。どちらも恐らく体力は満タンだ。

「へへ。今、楽にしてやるからな。そのままお楽しみといこうじゃねえか。二度と逆らえないようにしてやる」
「気持ち悪……」
「まだ殴られ足りねえらしいな」

 こいつとは因縁がある。私を散々殴ったり蹴ったりしたからね。お返しさせてもらおうじゃないか。

 とはいえ、こっちの戦力はギリギリだ。ゾロアークは消耗が激しいし、レディーも全力の戦闘には堪えられないし、ゾロアたちも強力な技が使えるわけでもなさそうだ。エーフィも気絶したまま横たわっている。応戦できるのは2対2未満ってとこか?

「ケッ!」
「レディー、大丈夫?」

 なんて考えていたら、レディーがボールから飛び出してきた。ファイティングポーズなんか取っちゃって、やる気満々だ。

「体力ギリじゃないの?」

 レディーはえっへんと胸を張る。いけるのね、サンキュー。

「グルルルゥゥ!」
「クォーン!」

 ゾロアークもゾロアもやる気だ。皆、限界だろうに……。
 私も両頬を叩いて気合いを入れる。どっかの兄弟の真似してみたけど、これってマジで集中できるんだよね。

「ここを乗り越えて、帰るぞ!」

 正念場だ。ポケモン勝負で決着をつけるぞ!

「【こおりのつぶて】」

 オニゴーリとユキカブリが放った技を、ゾロアークが【バークアウト】でかき消した。
 主軸にゾロアークを据えて、レディーたちにはサポートに回ってもらう。

「えーとえーと、……なんかいい感じに技をお願いします、レディーさん!」
「ケヒャヒャ!」

 レディーは近接系の攻撃技しかなかったような気がするが……、なんかいい感じにやってくれるよね。と思ったら、レディーが泥の塊をユキカブリに投げつけていた。え、遠距離攻撃がある。あれなんだ、【どろばくだん】か!

「おわ!」

【こおりのつぶて】の余波がこっちに来たので慌てて避けた。黄色い着物の男がニヤニヤ笑っている。

「性格悪っ!」
「黙れ」
「わわっ」

 またまた飛んできた【こおりのつぶて】。すぐさまゾロアークが【バークアウト】で技を打ち消す。むむ、これじゃ埒が明かないな。

 ゾロアークは強い。けど、2匹はさすがに分が悪い。ゾロアたちも後方で頑張ってくれているが、いつまで持つんだろう。

 まとめて2匹戦闘不能にできないだろうか。さっきのズバット戦みたいに、全員の力をひとつにできれば――。

 ユキカブリの【このは】をローリングで避けながら、こっちの戦力を整理する。

 レディーは【いわくだき】、【どろばくだん】、【どくばり】。

 ゾロアークは【バークアウト】、【かげうち】、【スピードスター】。
 ゾロアたちも【かげうち】が使える。

 けれど、ユキカブリもオニゴーリもこおりタイプ。彼らの弱点をつける技は、かくとうタイプの【いわくだき】だが、何十発も叩き込む余裕なんてない。正攻法じゃ、勝てない。

「どうした。威勢がいいのは最初だけか」

 黄色い着物の男は余裕綽々といった様子で、オニゴーリたちに命令する。

「行け! 【こおりのつぶて】」

 レディーを狙った一撃。ダメだ、避けられない。

「くわん!」
「ゾロアーク!」

 ゾロアークが身を挺し、レディーの代わりに技を受けた。

「まだまだ! 【こなゆき】だ!」

 続けてユキカブリの【こなゆき】がゾロアークたちを襲う。

「くわあああぁぁん!」
「ああっ!」

 ゾロアークはこれも避けられず、毛皮が細かい雪と氷で覆われていく。

「レディー、動いて。【どろばくだん】」

【こなゆき】の攻撃を止めることができたものの、ゾロアークの動きが鈍くなっていた。こおりタイプの技を受け続けたせいだ。慌てて駆け寄るが、ゾロアークが首を振って私を制する。立っているのも辛そうだ。
 ……これって状態異常の「しもやけ」なんじゃない? まずい、体力が減っていくぞ。

「最悪のタイミング……」

 手元に道具があれば治してあげられるのに。ただでさえ消耗戦だっていうのに。こっちも状態異常になる技があったら、少しは――。

「……そうだ。状態異常だ」

 うちのレディーの【どくばり】で「どく」状態にできれば勝機はある。でも、それだけじゃまだ足りない。

 私の予想が正しければ、ゾロアークたちはあれを使えるはず。

 私も喰らった、怖い幻覚を見せるあの技名は、多分きっと――。

「レディー、【どくばり】を打ち続けてほしい。できる?」

 技を避けて応戦しつつ、レディーはコクリとうなずく。ゾロアたちも【かげうち】で手伝ってくれるみたい。

「ゾロアーク。ゾロアたちと一緒にあれをやってほしい」

 私はゾロアークを介抱しながら、そっと耳打ちをする。

「――」

 そもそも、【どくばり】が効かなきゃ威力は半減する。運任せの、作戦とも言えない作戦が、どこまであいつらに通じるのか。

「くわあん!」

 任せろ、とばかりにゾロアークが鳴いた。
 不思議と不安が消えていく。そうだ、私はひとりじゃない。ポケモンたちがいるんだ。

「……よし!」

 不思議なことに、不安は消えていた。
 ゾロアークも、ゾロアも、レディーも、信じてる。
 皆、同じものを見据えている。
 洞窟の出口を、その先を、未来を。

 凍った地面に足を取られないように、私たちはしっかりと立ち上がった。
 

「あがいてもお前の負けは決まっているんだよ」

 黄色い着物の男は余裕の態度を崩さない。もう勝った気でいるんだ。

「うるさいな。そうやって油断しとけ!」

 レディーの動きはかなり鈍くなっている。が、懸命にオニゴーリたちへ【どくばり】を当てている。百発百中とはいかないが、レディーがあれだけ打ち込めば、効果は出るはず。

「【こおりのつぶて】だ」と男が指示を出すが、オニゴーリは苦しそうな表情を浮かべてその場でもがき始める。紫色の靄が見えて確信した。――よし、効いてる!

「クソっ、何してやがる。仕方ねえ。おい【こなゆき】だ」

 オニゴーリの代わりにユキカブリが技を放とうとするが、

「きゅおおぉん!」

 ゾロアたちの【かげうち】がユキカブリの背後に命中し、ユキカブリの技の発動を阻止した。

「レディー、【どくばり】!」
「ケッ!」

 渾身の【どくばり】が、ユキカブリへ吸い込まれるように放たれる。
 冷たい空気を切り裂いて、【どくばり】はユキカブリに命中した。

「!」

 ユキカブリは目を回し、低い呻き声をあげてその場に座り込む。あれも「どく」状態と見ていいはず。

「おい、どうした。動けポンコツども!」

 男がオニゴーリを蹴飛ばした。
 もしかして、状態異常を知らないのか。ポケモン勝負でなら常識……。いや、ポケモンを虐げる奴なんだから、きっと、何も知ろうとしなかったんだ。

 ポケモンたちにも感情はあるし、仲間を作って暮らすし、信頼したら信頼した分だけ、私たちに応えてくれる。

 そこに人との違いはない。

 駆け出す前に、ゾロアークが一瞬振り向いた。

「大丈夫」

 ――信じてる。

「ゾロアーク、ゾロア! お願い!」
「くわあぁぁぁぁん!!」

 ゾロアークたちは咆哮した。途端、洞窟内の温度がぐっと下がり、暗闇が広がっていく。

「くそったれ、なんだってんだ」

 やっと男が動揺した。私は思わずほくそ笑む。これは、お前がしたことだ。

 反響する声、声、声、声。
 音叉のように連鎖していく怨嗟。

 氷点下より更に更に更に――骨の髄までに染み込む、恨み辛みをその身で味わえ。

「【うらみつらみ】!」

 ゆらゆらとゾロアークたちの影が揺れ、男とオニゴーリ、ユキカブリへ襲いかかった。

「あっ、あぁぁ、やめろ、ふざけるなっ! こんなもん、そんなもんで――あぁぁぁあっつ!!」

 男の絶叫はゾロアークたちの技の前でかき消され、洞窟内に静寂が落ちた。

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