第3章:転売ヤー絶許 - 12/12

 再び身体を拘束され、雪道を歩かされる。どうにかこうにか袖口に隠し持ったハチミツを垂らすようになって数時間が経った頃。とうとう、私の所業がバレてしまった。転売ヤーたちもさすがにそこまでバカではなかったらしい。

「お前、何だこれ」

 油断大敵という言葉が自分に跳ね返ってきた。道中、背嚢を漁られ、赤い塗料が見つかってしまった。

「答えろ。お前、何かやりやがったな?」

 リーダー格の男が目の前に突きつける瓶から視線を逸らす。

「い、いやあ……、何のことかなー」
「何もできねえと高を括っていたらこれだもんなぁ……。クソが」

 リーダーはひくり、と口の端を引き攣らせる。

「助けが来た時のために印を付けたのか? 悪知恵働かせてんじゃねえよ」
「うわっ」

 縄を引っ張られ、顔から雪の中に突っ込んだ。うっ、頬に痛いこの冷たさ。

「おい。てめえら、今からさっきの場所まで戻れ。ポケモンを連れて適当な足跡つけて拠点に戻ってこい」
「なっ――お、お頭無茶言わんでくだせえよ。今こいつの後ろに赤い印なんてありません。追手なんて来ませんて」
「来るだろ。もうひとりの女が逃げてんだ。四の五の言うな、やれ。ズバットは俺が使う。置いていけ」

 渋々といった様子で、男たちがポケモンと一緒にもと来た道を引き返す。結構歩いたのにまた戻るんだ……。私が印をつけたばかりに……ごめんね。なんて欠片も思わんけどな! ざまあ!

「なあ、商人の嬢ちゃんよお」

 リーダーの男が私の顎を持ち上げた。嫌な触り方だ。

「着いたら覚えておけよ」
「……」
「俺たちはな、このクソッタレの世界で生き抜くために何でもやってきた。他の土地ではポケモンが掻き集めた宝石を盗んで売っぱらった。ある時は珍味になるからとポケモンの尻尾を切って売り捌いてやった。てめえを売り飛ばして金にすることくらいどうってこともねえんだよ」

 ああ、やっぱそうなるか。女は金になるってか。

「私も金にするの?」
「女はいくらでも使い道がある。あのバカが顔を殴ったが、それでも見目がいいなら売れるぞ。身体も悪くねえ。反抗的な態度が好きな輩もいるさ」

 下品な笑顔だ。反吐が出そう。ポケモンどころか人間も何とも思ってないんだ。

「自分以外の存在を道具みたいに思ってるんだ。そういうのが、一番嫌い」
「お前が嫌いだろうとなんだろうと俺には関係ないね」

 男はこっちに噛みついてきそうなくらい歯を剝き出しにする。怯んでいられるか。

「皆、この土地で生きている存在だよ。道具として産まれてきたわけじゃない! あんたに道具扱いされる筋合いもない! 自由に生きるためにいるんだ!」
「うるせえ! 綺麗事ばかり並び立てんな虫唾が走る! そんな仲良しこよしの理想論でこの世は成り立ってねえんだよ!」

 血を吐かんばかりの勢いで男は叫ぶ。

「今まで奪われてばかりの人生だった。なら、奪う側に回らねえとバカを見る。だから、俺はのし上がってやるんだ! 俺以外の人間もポケモンも全部全部、全部……! 道具として使ってやるんだ!」
「いっ」

 前髪を掴まれ、無理矢理視線を合わせることになる。男の瞳はほの暗くて、この世の闇の部分が煮詰まってできたような色をしていた。

「道具如きが俺にぃ……俺たちに! 逆らってんじゃねえ!」

 ズバットが私と男の間に割り込む。

「ズバット、【さいみんじゅつ】」
「――あ」

 キィィィィンと甲高い音が耳奥に入り込んで鼓膜を揺らす。脳をぐわんぐわん掻き混ぜられるような感覚。強制的に瞼を落とそうとしてくる。

 ここで眠るわけにはいかない。なのに、抗えない。

「く、くそ、いやだ……」
「大人しく寝とけ」

 その言葉を最後に、私は強制的に眠らされたのだった。

***

 はい。そういうわけでね。回想終わり。終わりですよ。
 ここ数週間、濃い出来事ばっかりだったな。

 あー。目が覚めたら、滅茶苦茶頑丈に縛られてるし! 全身だよ! 身動きとれねえよ! バカ! しかも今になって殴られたほっぺ痛くなってきた。許さねえ。

 ――なんてふざけているけど、こうでもしないとやってらんないんだよね。このままだと「私に乱暴する気でしょ、○○みたいに!」っていう展開になりかねない。薄い本が厚くなっちゃうぜ。っていやいや、これはふざけすぎだ。

「脱出するしかないのか」

 目印を上手く辿ってくれたらカイちゃんたちが来てくれるはずだけど、いつになるか予想ができない。乱暴されるくらいなら、ここから脱出してどこかに身を隠しておいた方がいいのかも……? で、皆が来てくれた頃合いを見計らって合流? それまでにどこに身を隠すのかって話だけどね。きっと周りは雪だらけ。野生のポケモンもうじゃうじゃいる。

 それに、私ひとりだけで逃げるわけにはいかないんだよな。レディーとカイちゃんのエーフィと一緒じゃないと。あのゾロアークとゾロアたちも連れて行きたい。

 いや……。ゾロアークたちを連れて行くと目立つな。まずはレディーたちだ。転売ヤーをとっ捕まえてからゾロアたちを逃がした方がいい。

「となると、まずは縄抜けかあ」

 ガッチガチに縛られてるんだよね。抜けられるかな。こういう時のために縄抜けスキルを誰かから習うべきだった!

「ぐぬぬぬぬ」

 はい、無理ですよねー!? 知ってた! ナイフが手元にあればなー! ゴロゴロとローリングしてみたが、全身に雪がついただけだった。虚しい。

「うう……、さむ……。そもそもここどこだよ。洞穴? 野外じゃねえかよ」

 転売ヤーのアジトって洞穴なんだろうか。立派な建物は期待していなかったが、掘っ立小屋レベルくらいはあるもんだと思っていた。

「ぶえっくしゅん! ん?」

 向こうから誰か来る? ここからだと姿が見えないが、足音がした。ええと、ひとり分かな? 誰だろう。カイちゃんたち? なら、もう少し数が多いよな? まさか転売ヤー? マジかよちょっと待て。それはマズい。

 心拍数が一気に跳ね上がる。対抗する手段がない。いざとなったら頭突きか? 頭突きするしかないか? 噛みつくというのもありか。もう片方の頬をぶん殴られる覚悟はあるぞ。

 喉を鳴らして唾を飲み込む。おっしゃあ! 来るなら来いや!

「おあ、ゾロアーク?」

 姿を現したのは、ゾロアークだった。しきりに後ろを気にしながらこっちに向かってくる。

「何……」

 ゾロアークは思いつめた表情で私を見下ろした。二、三度瞬きを繰り返す。

「どうしたの」

 微かに首を振ったあと、ゾロアークは跪いて縄を爪で切り始めた。えっ。これ逃がしてくれるの? 

「おお。久しぶりの自由」

 縄芋虫からの脱却。やったぜ。

「ありがと! 本当に助かったよー!」

 嬉しさのあまりゾロアークの両手を握って上下に振ってしまった。ふわふわの毛で触り心地最高だ。許されるなら肉球触りたい。ゾロアークは少しびっくりしているらしく、私と両手を交互に見やる。

「あ」

 振りほどかれてしまった。残念。

「とにかくありがと! あのさ、レディ……ええと、うちのグレッグルがどこにいるか知らない?」

 するとゾロアークは無言でモンスターボールを差し出した。

「わ。これも持ってきてくれたの!? わ~。めっちゃ助かる! サンキュー、ゾロアーク!」

 レディーをボールから出してみた。うん、明らかに元気がない。大丈夫かと効いたら「けっ」と鳴いてそっぽを向かれたので、もう一度ボールに戻した。手当てしてやりたいけど、背嚢がない。ゾロアークに持ってきてもらう……なんて贅沢は言えないか。命あっての物種。さっさと逃げよう。カイちゃんたちが来ていたら合流できるかも。

「っと。カイちゃんのエーフィは」

 ゾロアークは首を横に振った。

「あの転売ヤーたちに捕まってる?」

 こくりとうなずく。そっか。そうだよな。レディーのようにボールに入っていたら、あいつらに気付かれずに持ってこれたんだろうけど。

 命あっての物種とは言ったが、カイちゃんのエーフィを置いていきたくない。救出しないと。でも、レディーの体力は残り僅か。あいつらのポケモン相手に上手く立ち回れるだろうか。ユキカブリとズバット。あいつらは4人組。ひとり1匹ポケモンがいると考えたら、多分もう1匹くらいいるだろう。あ。虐げられていたゾロアたちを含めるとしたら……。うん、不利だな。

 私にはテルくんやショウちゃんのような身体能力ないからな。生身で立ち向かえないって。

「一番厄介なのはゾロアークだけど……」

 幻覚を見せてくるからなあ。それ抜きでも強そうだし。ってちょっと待って。いるじゃん! ここにいるじゃん! ゾロアークいるんじゃん!

「ねえ!」

 勢いよく近付いたら、三歩くらいゾロアークが後退した。

「あのさ! こうして私を逃してくれる気があるんならさ! こっちの味方になってよ!」

 厄介な敵も味方になれば心強いってもんよ!

「お願い」
「ウゥ……」

 弱々しい鳴き声が返ってくる。

「君さ、強いじゃん。あいつらに付き従っているのは、ゾロアたちを人質に取られているからじゃないの?」

 そうでなければ、自分を痛めつける奴らに協力なんてしないだろう。実際、私の縄を切ってレディーを連れてきてくれた。心でまではあいつらに囚われていないんだ。

「カイちゃんたちが助けを連れてきてくれるはず。あいつら転売以外に余罪がありそうだもん。捕まったら、君も解放されるっしょ? だから、エーフィを助けるために私に協力してくれないかな」

 返事はない。ゾロアークは地面を見つめていた。目を合わせてくれないや。
 そうだよなー。手放しで「うん」って言えないよな。私についていったところで、本当にゾロアを助けられるか分かんないし。失敗したらあの転売ヤーたちから報復があるかもしれないし。

 でも、私としてはなんとしてもゾロアークを味方に引き入れたい。戦力って目的はあるけど、一番は。
 
「……私さ。昔、ゾロアと友達だったんだ。『さっちゃん』て名前の」

 弾かれたようにゾロアークが顔を上げた。

「どこにも居場所がなかった私の、唯一の友達。暗闇の中の光。とても楽しかったんだよ」

 これは前世の私の記憶だ。「ハイブリッド私」になっても楽しかった記憶は強烈に残っている。――世界を恨む心の中に。

「さっちゃんはね、川に落とされて流されていって、どこにいるか分かんなくなっちゃった。私は今よりちっちゃくて、助けに行くこともできなかった」

 川に落ちたことがきっかけで、ギンナンさんが私を父親から引き剥がしてくれたんだよね。自分を取り巻く環境が目まぐるしく変化していった。さっちゃんを気にかけることはあれど、生存を諦めていたんだ。

「もういないかもしれない。どこかで元気に暮らしているなら、それがいいんだけどさ」

 私は目の前のゾロアークに笑いかける。

「今度こそ、助けたいんだ」

 このゾロアークをさっちゃんの代わりにして申し訳ないが。この気持ちに偽りはない。

「まー、あれだよね。助けたいって言っときながら君にまず助けを求めているし、すげー矛盾してるよね? でもさ、君たちに危害を加えないように人間たちを説得する。ポケモンを怖がっている人が多いけれど、君たちは私を助けてくれるくらいに心優しい子なんだってちゃんと言うからさ」

 イチョウ商会にはちゃんと耳を傾けてくれる人がたくさんいるんだよ。

「商人のネットワークはすごいんだよ。噂がきっとヒスイ全土に広がるよ。君たちをそっとしておくように言えば、多分もう、人間に振り回されることはないから。あ、でもそっちから手を出されたらさすがに身を守るために応戦するくらいはあるか……? いやともかくメリットは絶対あるから私の味方に今だけなってくれー!」

 最後は懇願だった。これが取引先とのプレゼンだったら0点だろうな。

「人間を――私を信じて」

 ゾロアークは瞼を閉じ、ゆっくりと開いた。何か雰囲気が変わったような気がする。そこに“のろいぎつね”と呼ばれる恐ろしいポケモンの姿はなかった。

「きゅーん!」

 ゾロアークが私の手を握った。

「いいの?」
「くあぁん!」
「ありがとう!」

 私はゾロアークの手を握り返す。よし! ゾロアークが味方になったぞ!

「エーフィを助けよう! そして脱出、からのカイちゃんたちと合流。そのために作戦を立てようぜ!」

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