第3章:転売ヤー絶許 - 2/12

 朝から粉雪が止むことなく降り続いている。
 粉砂糖のように頭や肩に積もった雪を払い、私は後ろを振り返った。

「大丈夫、トゲまる?」
「チョッキ!」

 短い手足を一生懸命動かしながら、トゲまるが元気な返事をした。健気な姿に感涙し思わず抱きしめたくなったが、ここはグッと我慢する。

 頑張れ、トゲまる! ダイエットしような! 私は将来お前を抱き上げたとき、腰をやられたくないので!

「新人、ついてきてる?」
「はい、ツイリ先輩大丈――っくしょい! っくしょあいっ!」
「後輩さんのくしゃみ豪快ですね」
「何で鼻で笑うんですかウォロ先パイ!?」

 くしゃみが出るのは仕方ないじゃないか。だってここは〈純白の凍土〉。「春夏秋を他の土地に追放でもしたの?」ってくらい寒い土地だ。ここにずっと住んでいたら冷蔵庫買わなくて済みそう。

 イチョウ商会は現在シンジュ集落に滞在中だ。しばらくここで商売をする予定なのだけど、寒いのが苦手な私としては、早くここを出発したいというのが本音だ。前世の記憶の中でも、こんなに雪の多い所に住んだことはないぞ。

 ――まあ、それはそれとしてさー。

「っていうかあのー、ツイリ先輩が今回の新人係なのは分かるんですけどー。なあんでウォロ先パイも一緒なんですか?」

「〈紅蓮の湿地帯〉遭難未遂事件」以来、私が外出する際には、ウォロ以外のお目付け役がつくようになった。先輩方の間では「新人係わたしがかり」という名で通っているらしい。教育係とはまた別なんだってさ。

 新人係はその時々で違うけれど、今回選ばれたのはツイリ先輩のようだ。文句も言わずについて来てくれるなんて……! 私、感激です!

 だってさ、他の先輩方から「お前は出かけるな」「頼む。寒い」「オレは囲炉裏でぬくぬくしたい」って止められることが多いもので。

 いやー、そのね。私、誰かと一緒じゃないと外出できないからね。私がどこかへ行くとなったら、係は否応なしについて行かなくちゃいけない。面倒だという気持ちは分かる。でも行く。寒くても。

 私はおうちでゴロゴロするより外で遊びたい派なんじゃーい! この時代にはスマホもないから暇つぶしができないんじゃーい! だったら、外に出てポケモンたちとふれあってた方がいいんじゃーい!

 ちなみに、グレッグルのレディーは寒い所が苦手なのか、今日はボールごと商会の滞在地にお留守番だ。まあね、レディーはダイエットいらないからね。あったかいとこで休んでおきなよ。帰ったらたくさん構ってあーげよ!

 あれ、話が脱線しちゃった。何だっけ。あ、ウォロだ。ウォロのこと。

「ウォロ先パイって新人係じゃないですよね。何でついて来てるんですか。そもそも、今まで私が誘っても断り続けてたじゃないですか。どういう風の吹き回しなんです?」

 遭難未遂があったから、ウォロは新人係から外れている。でも、私はウォロの動向を少しでも知りたくて、懲りずに遊びに誘ったりなんだりしてたのだ。

 まあ、全部断られてたんですけどね。

「――最近後輩さんとお話することがないので、たまにはと思ったんですよ」
「じゃあ、私が誘った時に『うん』って言えばいいじゃないですかね……。他の先輩と遊びに行こうとすると、最近毎回しれっとついて来てるの、解せないっていうかー」
「まあまあ、いいじゃない。人数の多い方が楽しいでしょう、外出っていうのは」

 ツイリ先輩が穏やかな笑みを浮かべた。

「そういうもんですかねー」

 まあ、そういうことにしとく? どういう形にしろ、ウォロと一緒に外出しているから。
 ……うん、よしとしとくかー。

「さ、トゲまる。頑張るよ!」
「チョッゲ!」

 ザクザク、ザクザク。

 3人と1匹分の足音が、雪道をにぎやかにする。

「チョッキ、チョッキ、チョッゲ!」
「そうそう。いっぱい歩こうね~」

 後ろを振り返ると、トゲまるの足跡がたくさん残っていた。
 トゲまるは歩幅が狭いから、私の倍は歩かなければならない。だから、その分足跡が多いのだろう。

 う~ん。この胸に湧き上がってくるこの気持ち。なあにこれ、愛しさ?

「トゲまるの足跡はちっちゃくて可愛いねえ。ん~、たくさん歩けて偉いねえ!」

 一生懸命ついてきてくれるのが可愛くて、3歳児に話しかけるような喋り方をしてしまった。

「頑張ろうねえ~」

 私に子どもがいたら、こんな舌ったらずな喋り方するんだろうか。あるいは、前世もこんな感じだったのだろうか(子どもがいた記憶ないんだよなあ。独身だったのか?)。

 ……我ながらキモいな。自重しとこ。
 お、あっちの方にも雪の上にポケモンの足跡がはっきり残ってるな。

「この辺りに住んでいるポケモンは、どうやって寒さをしのいでいるんでしょうね」
「ウリムー、でしたっけ。あのポケモンのように、厚くて長い毛皮を持っているポケモンが多いのかもしれないですね」
「そういえば、氷のような身体のポケモンもいましたよね」
「中にはそのどちらにも当てはまらないポケモンもいるのだとか? この間、ギンガ団の調査員さんが、そのようなことをおっしゃっていましたね」

 私の半歩前をウォロとツイリ先輩が歩いている。雪山にいるポケモンについてあれこれ話しているようだ。

 逸れないようにしないとな。また遭難したらシャレになんないもん。外出禁止になったらイヤだー!

 あ、でもあっちの雪の上にある足跡、面白いな。私から見て、右脇に逸れていってる。
 前世で言うところの犬か狐? 肉球が丸っとペタッとついている。ああー、可愛いなー。まあね、トゲまるのちぃちゃい足跡だって、天使かと見紛うほど可愛いんですけどね。

 んー? あれ、何でこの足跡、途中で消えたの?
 代わりに人の足跡がずっと向こうまで続いているなぁ?

 気になる〜。ちょっとだけあっち行ってみよ。

「うーん……? 見間違いじゃないよなー」

 もしかして、誰かに捕獲されちゃったのかな? そのわりには、足跡が整っているよね。

 だってほら、考えてみてほしい。ポケモンとの戦闘って激しいじゃん。技と技のぶつかり合いで双方の足跡が入り乱れ……って感じで、もっとぐちゃぐちゃになっているはずじゃん?

 それか、もう誰かのポケモンだったのかな? 途中でボールに戻ったとか?

 いや、そしたら――。

「おかしいな。最初からポケモンと人の足跡がないと変じゃん」

 この足跡以外に行き来した人はいないようだ。はっきり残っているから、ここを通ったのはそう昔じゃないみたいだ。

「せんぱーい! ……ってあれ?」

 頭を上げ、周囲を見回す。
 お、おーん?
 人っ子ひとりいないぞ?

「あれ、トゲまる?」

 あれれ〜、おかしいぞ〜?

「ヤッベ、先輩たちを見失った!」

 ビュー、と冷たい北風が頬に吹きつけた。

「逸れないようにって決意したそばからこれだもんな! くっそおおおお!!」

 フラグ回収が早過ぎるわい! 私のバーカ!

「また遭難? そーなんです! ってボケても全然面白くねえええ!! ツッコミも誰もいねえええ!」

 くっそ面白くねえダジャレでさっきより寒くなった!

「え、待って。ヤバくない? どっから来たんだっけ? この足跡追って来たから――戻ればいいんだよね!? ねえ!?」

 軽くパニックになっている自覚があった。

 私は急いで元来た道を戻る。
 この間の遭難はトゲまるとウォロと一緒だったから寂しくはなかった。心強い仲間がいて、いくらか気が紛れていたけど、今回は違う。私ひとりだ。

 命の危機、再びってやつだ!

「どうしよ、早く合流しないと……!」

 早歩きから全力疾走になるのに時間はかからなかった。雪で走りにくい。だけど、止まろうとは思わなかった。

 何でいつもこうなんだろ? 前世から数えたら精神年齢100歳越えじゃないの? もうちょっと落ち着いてもよくないか? 頑張ろうぜ「ハイブリッド私」よ!

 あれ? なんか、これ、デジャヴだな?
 昔もこうして走って走って、走って……。

 前世じゃなくて、もっと最近の昔。
 うん。今世の私が体験した昔。

 ――お前、変だよ。
 ――どうして普通にできないの。
 ――ポケモンと仲良くできるわけないだろ。
 ――あいつと遊ぶの、やめようぜ。

 ――一緒に遊んでくれるの?
 ――お前、喋れないの? でも、表情で何考えてるか分かるから、全然いいよ。
 ――美味しい? でしょー? 私、このお団子、大好きなんだ。

 ――やめて! やめて! 溺れてしまう!
 ――どうしてこんなこと、するの!
 ――私は何もしていない! あの子も何もしていない!
 ――何でだよ! ポケモンと仲よくしちゃ、ダメなのかよ!

「――おわあああっ!?」

 右足を前に出した途端、地面が崩れた。

「っ、これ!」

 穴だ。穴の上に雪が積もって蓋の代わりになってたんだ! さながら天然の落とし穴!

 そういえば、ゲームにも大穴あったな!? 地下? 洞穴? そんな所に続いていてさ。アンノーン探しで向かったな〜。

「懐かし――ってそんな場合じゃなかった!」

 ぐらり、と身体が揺れる。
 抵抗してもダメだ。悲しいかな、引力には逆らえない。
 あー、これ確実に遭難じゃん。生きて帰れるか?

 諦めて目を瞑り、落下を受け入れた瞬間――。

 ガシッと腕を掴まれた。

「……え?」

 先輩方が助けに来てくれた!?

 恐る恐る目を開ける。
 そこにいたのは――。
 そこに、いたのは……。

 いた、のは……。

「えっ、ど、ど、どなたー?」

 ウォロでもツイリ先輩でもなく、全く知らない女の人だった。

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