第3章:転売ヤー絶許 - 3/12

 穴に落ちそうになっていた私を助けてくれたのは、見知らぬ女の人だった。

 女の人は私の腕を両手で掴み、引き上げようとする。

「ちょ、重いですよね? 私、リュックを背負ってるから、多分そのまま引き上げるのは――」

 無理だからリュック捨てます、と言おうとした。

 瞬間、女の人は左手で私の腕を、右手でリュックを掴むと、ゴーリキーもびっくりな怪力で私を穴の外に引っ張り上げた!

「おおおおっ!?」

 文字に起こせば、「ふんわり、ドサッ!」って感じで私は雪の上に背中(リュックつき)から着地した。

「びっっくりした!! 助かった!! すげぇ!!」

 私はすぐさま身を起こした。
 良かった! 生きてる! 怪我もない! すげぇよ!!

「お姉さんありがとうございます! 華奢なのにすごく力持ちなんですね! お陰で助かりました!」

 感謝の意味で握手しようとしたら、女の人は2、3歩後退し、曖昧に笑った。
 私のはしゃぎっぷりに引いてる……?

「あのー」
「……」

 女の人は、シンジュ団のキャプテン、ガラナさんくらいの年齢に見える。私より歳上だろう。でも、白髪はくはつなんて珍しい。毛先はちょっと朱い。オシャレな人だ。

 あ、お姉さんの目も朱いぞ。珍しいな。

 もしかして、と私が口を開いた途端、白髪のお姉さんは身構えた。な、何で……?

「もしかして、シンジュ団の人ですか? ほら、服にシンジュ団のマークあるし」

 白髪のお姉さんは、シンジュ団の人が着ている白……、いや、薄紫っぽい色の服を身にまとっていた。

「……」

 白髪のお姉さんは微かに首を縦に振った。なんか、ほっとしてる感じがあるね?
 私、何かしたっけ? 穴に落ちそうになってたけど……。

「もし良かったら、シンジュ集落まで一緒に行きませんか? 私、迷ったみたいで」

 普段、こんなことはないんだけどな。私、方向音痴じゃないもん。どっかの地方の某チャンピオンじゃないから!

 ただ、辺り一面真っ白で目印になるものもなくて、困ってるだけ。慣れない土地で迷子になるのは当たり前じゃん! 今は手元に地図ないし、時代的にスマホもないからね!

「お姉さん?」
「……」

 白髪のお姉さんからの返事はない。
 朱い瞳が不安そうに揺れている。

 あれー? その眼差し、どっかで見かけたような?
 最近じゃなくて、昔。前世じゃなくて、今世で。

 穴に落ちる直前に思い出した、記憶。

 ――お前、喋れないの? でも、表情で何考えてるか分かるから、全然いいよ。

 おかしいな。あの子じゃないのに。
 全然、似てないのに。
 どうして、懐かしいって思うんだ?

「お姉さんは、喋れないんですか?」

 こくん、と首が縦に振られた。

「耳は聞こえるんだ。そっか。じゃあ――」

 じゃあ……。

「昔、会ったことある?」

 お姉さんは目を大きく見開いて、氷像のように、数秒だけ動かなくなった。
 それから、ぎこちなく首を左右に振って、弾かれたように雪の中を駆け出した。

「あ、待って!」

 引き止めようと走り出すが、思い留まる。
 いやいや、まずいって。私、迷子なんだって。ここどこか分かんないし、皆とはぐれちゃってるんだから。

 トゲまる、ウォロ、ツイリ先輩はどこに行ったんだろうか?

「チョッゲプリィ〜!」
「あ、寂しさのあまり幻聴が……」
「チョッゲプリィ!」
「すごい、AMSRもびっくりの立体感――ってあれ、トゲまる!?」

 いつの間に!? 足元にトゲまるが!

「あ、会いたかったトゲまる〜!」

 すぐに抱き上げて頬ずりをする。あっ、冷たい! でもトゲまるが見つかって良かった! 冷たいけど!

「え〜!? ちょっとどこ行ってたのトゲまる!? 会いたかったー!」
「どこに行ってたの、はこっちの台詞ですよ、後輩さん」
「どああっ!! ウォロ先パイ!!」

 後ろに立つな! びっくりするだろ!

 そういえば、ゲームだと背面取りを教えてくれるのはウォロだよね? だから背後に立つんだろうか?

「どうして、アナタは、逸れるんですか」
「えっと、いやあ、興味深い足跡を見つけて、それで……」
「子どもですか」

 ウォロは呆れているのか、切れ長の目を細めている。

 その目つき、知ってる。クルマユの目。前世の言い回しなら、チベットスナギツネな。

「でも、ウォロ先パイだって遺跡巡りしてるときは、わりと子どもっぽいっすよ!」

 それにちょくちょく仕事サボってるじゃん! 好奇心を抑えられない子どもはどっちだよー。

「さすがに集団行動の時は、節度を守っているという自負がありますよ。後輩さんは前科があるのに、こうして迷子になっているでしょう?」
「前科ならウォロ先パイもあるじゃん……。一緒に遭難しかけた仲なのにー」

 私に課せられたペナルティが重いぜ。

「そういえば……」

 ウォロは足跡だらけの地面を見つつ、訊ねた。

「先程誰かいましたか?」
「え? あー、いましたね。うん、いました。すぐどっか行っちゃいましたけど。何か急用でもあったんですかね?」

 さっきのことは、黙っておくことにした。

 だってさ。ただでさえ逸れているのに、穴に落ちかけたこと、正直に言ってみろ。そのままギンナンさんに報告されて、外出禁止令が出るかもしれない! そんなのやだ!

 ほら、「沈黙は金」って言う言葉があるし。黙っておくに限るよね!

 これ以上突っ込まれないよう、話を逸らそう!

「それより、ツイリ先輩は? 迷子ですか?」
「後輩さんじゃないんですから、違いますよ。ツイリさんはこの先にある大きな氷塊で待機してもらっています」

 私を交代で見つけるために体力を温存してもらっていたそうだ。長丁場になることを見越しての判断だったようだ。

「さあ、ツイリさんの所へ戻りますよ。雪に目印を付けたので迷うことはありません」
「目印? うわ、ウォロ先パイの立ってるとこ赤っ!?」

 ウォロが歩いてきた道筋を示すように赤い点々が続いていた。

「血かと思った! これ、塗料ですか?」
「そうです。辺り一面真っ白で似たような景色ばかりでしょう? 目立つ色を付けてその道を辿れば、元の場所に戻れます」
「へー。頭良いー!」

 前世で読んだ『ヘンゼルとグレーテル』みたいだな。ほら、お菓子の家の話だよ。森に置いていかれた兄妹が、帰りの道標として石を落として家に自力で帰ってくるよね? あれみたいなことをウォロがしてる!

「先パイすげー! あ、その塗料、私も貰って良いですか? またこういうことがあった時のために欲しいです!」
「またがあったら困りますよ……」

 ウォロはリュックを探って、小さな小瓶を私に差し出した。中身は赤い塗料だ。

「わーい! ありがとうございます!」

 ゲーム風に言えば「たいせつなものポケットにしまった」だね。なくさないようにしよーっと。

「じゃあもう1つ、これも差し上げます」
「やったー! ってその手に持ってるの何ですか? ロープ?」

 随分丈夫なロープだな。人ひとりくらい余裕で縛れそうな。

 ……おっと?

「まさか」
「そのまさかです。後輩さんが迷子にならないためのものですが? 身体に通すので腕を上げてくださいね。縛ります」
「はっ、はあーーっ!?」

 犬の散歩かよ!! リードかよ!

「嫌ですよ! どんなプレイだよ!」
「プレ……? 何のことか分かりませんが、拒否権はないですよ。我らが商会のリーダーであるギンナンさんからのお達しです。『あれはすぐどこかに行くから、問題が起きそうなら縛ってでも連れて帰ること』」
「げぇー! ギンナンさん公認なの!?」

 っていうか拒否権はあるだろ!! いくらギンナンさんでもオーボーが過ぎると思います!!

「後輩さん」
「は、はい?」

 ロープを張ったり弛ませたりしながら、ウォロがジリジリと距離を詰めてくる。

 気のせいかな? 微笑みが黒いような? 文末に(黒笑)とか(暗黒微笑)とか付いちゃうやつかな? あっ、痛い。前世越しの黒歴史に心が痛い!

「後輩さんは、自業自得という言葉をご存じですか」
「ご存じですぅ……」
「じゃあ、観念してください。アナタは目を離すとすぐどこかに行こうとするでしょう?」

 そこでウォロは、言葉を切った。

「……縛り付けるぐらいでなければ、アナタはすぐどこかへ行ってしまう。――なのか?」
「え?」

 小声で何か呟いた。ダメだ、聞き取れない。
 また、氷のような瞳になった。
 この凍土に負けないくらいの冷気が宿っている。

「せ、先パイ! 先パーイ?」

 戻ってきて! 戻ってきて!
 分っかんねーな! このモードになるタイミング。
 ギラティナ? たまにこのモードになるのは、ギラティナのせいなのか!?

「……」

 ウォロの瞳に、微かに光が戻る。
 しっかりと、私を捉える。

「後輩さん」
「先パイ?」

 あ、いつもの(商人モードの)ウォロだ。

「色々言いたいことはありますが、諦めてください」

 にっこりと綺麗な笑顔を浮かべ、ウォロは私をとっ捕まえた。

「ひぃ〜。助けてトゲまるぅ〜!!」
「チョッゲプリィ〜!」

 トゲまるは手足をばたつかせて呑気な鳴き声をあげるだけだった。

 その後、ロープつきでシンジュ集落に到着した私は、命の恩人である白髪のお姉さんを捜した。

 ところが、お姉さんはどこにもいなかった。
 シンジュ団の服を着ているからすぐに見つかると思っていたのに。

 他の人にも訊いてみたけど――。

「白髪の女性? 知らないねえ」
「瞳が朱い? そんなに目立つ容姿ならすぐに分かるが、うちにはいないよ」
「本当にシンジュ団の人間だったのか?」

 皆、口を揃えて「知らない」と言う。

「マ、マジかー。え、じゃあ私を助けてくれたのって誰……? シンジュ団の服を着た他所の人?」

 え? そんな人いる? いなくない?
 うーん。もしかしたら、服を見間違えたのかもしれないな? でも、確かにこの目で……。

 いや、あの時は遭難(命の危機)回避への安堵で、色々見落としていた可能性はある。

 会ってもう一度お礼を言いたかったのにな……。

 あ、ちなみに。

 トゲまるじゃなくて私の方が先に痩せてしまった。

 トゲまるのダイエット成功は遠いなー。

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