第2章:私はいつでも正気です - 1/6

「ウォロ先パイ! 見ててくださいね! ――はいっ! 親指が取れました!」
「それはジブンもできますよ。……ほら」
「うわ、知ってたかあ……」

 どうも! イチョウ商会の新人です! ウォロの興味をアルセウス以外に向けてもらおうと奮闘して5日目! 手応えがありません!

 ウォロの興味を引くために色々やったよ。ポケモンの物真似してみたり、色違いのポケモン見つけてみたり、なぞなぞ出してみたり。とにかく色々。ついに商会の人たちから「医者にかかるか?」って心配までされたけども!

 私は! いつでも! 正気です!

 原作の流れにならないよう、今日も私はウォロの気を引く努力をしているのです!

 今日は親指を折り曲げて取れたように見せる手品やってみたけどご覧の通り。反応イマイチ。他の商会メンバーにはウケがよかったのにね。

 ……え、興味の惹き方がおかしい? なんか違う? いいんだよ、小さなこともコツコツと。千里の道も一歩からって言うじゃん。

「後輩さんどうしました? この間から随分とへん、……面白いことをしていますが」

 ちょっと。今、変って言いかけた。

「おもしれー女になろうキャンペーン実施中なので! 特にウォロ先パイを驚かそうとしております」
「…………そうなんですか。頑張ってください」

 ニコッと笑うウォロ。
 あれはツッコミを諦めた奴がする顔だ、間違いない。

「ところで先パイ、私に黙ってどこ行こうとしてるんですか。遺跡ですか? お供していいですか?」

 ふっふっふ。「進捗ダメです」みたいな事態に陥ってると思ってたでしょ?

 実はねえ、ウォロが私の教育係になったんだ!!

 リーダーであるギンナンさんの鶴の一声……いや、ポケモン世界風に言うと何だろうか。ウォーグルの一声? あれは鶴じゃないよな……? まあいいや、とにかくギンナンさんのお陰でウォロと組めるようになった。監視が楽になるわあ。

「これの面倒見てくれ」「ジブンでは力不足です」「新人はお前のこと好きみたいだから、言うことは聞くはずだよ」「ですが……」「アレの奇行を止められるのはウォロだけだ」「……」というやりとりもあったみたいだけどね!

 ギンナンさんに「ウォロ先パイと組みたいです」と一日中お願いした甲斐があった! 日に日にギンナンさんやつれていったような気もするけど、気のせいだよね、うん!

 これでダメなら、寝ている間も枕元で「ウォロ先パイと組ませてください」と囁くしかなかった。そうならなくて本当によかったね、うんうん。

「ジブンはちょっと、トゲピーのために“ころころマメ”を調達しようと」
「マメくらいなら私、ありますよ」

 両手いっぱいのマメを見せると、ウォロの口の端がピクっと引きつった。

「せーんぱい? サボりですか? 私の目の黒いうちは許しませんよ」

 ギラティナにも会わせねぇぞ〜。

「……遺跡行くんですか?」
「後輩さんはお見通しですね。ええ、そのつもりです」
「まだ仕事中ですよ?」

 今回はコンゴウ団の集落にお邪魔している。滞在期間は7日間の予定だ。

「先パイ、私にひとりで接客任せるの早くないですか? 何かやらかすかもしれませんよ?」
「後輩さんは筋がいいから大丈夫ですよ」
「適当言ってませんか?」
「……そんなことはないですよ」

 ウォロは好奇心を抑えられない性格をしている。多分、今すぐにでも行きたいんだろう。

「私も連れてってくださいよ! そしたらこんなにウォロ先パイ引き止めませんし!」

 そうだよ連れてけ! 監視だ監視!

「先パイが連れて行かないなら私、これからすごいことします」
「すごいこと?」

 ウォロが身を乗り出す。興味あるのかよ。

「ブリッジした状態でトリトドンの鳴き真似しながらウォロ先パイの周りを周回します。絶対目立ちますよ。恥ずかしいですよ。ね、私を連れて行きたくなったでしょ?」
「……それはそれでちょっと見てみたい気もしますね」
「おっと予想外だったわ……」

 むしろ「やってくれない?」みたいな雰囲気出すのやめろよな。

「――っていうのは冗談で。勝負で決めません? お互いポケモン持ってますし」
「冗談でしたか」

 残念そうな顔をするな。私にも人間の矜持ってもんがあるんだよ。女を捨てたくないんだよ。お嫁に行けなくなっちゃうんだよ。

「他の地方ではポケモン同士を戦わせる文化があるって言いますし、ね。やってみませんか! 私が負けたら今回は諦めますんで!」
「『今回は』ですか。……分かりました。やりましょうか」
「あ、でも今はダメですよ。休憩がきたら勝負しましょうね! お仕事はちゃんとやりましょ! 勝手にいなくならないでくださいよ! あ、いらっしゃいませー! いい品入ってますよー!」

 ウォロは何か言いたそうな顔をしていたけれど、無視だ無視。仕事サボるのはよくない。ちゃんとやりましょうね!

***

 はい。というわけで休憩時間きました。
 勝負だ勝負! ウォロとポケモン勝負!

「いっておいで、トゲまる!」
「チュッキ!!」

 トゲまるはやる気満々のようだ。素晴らしい。

「先パイに勝つよ!」

 向かい側に立つウォロの方もトゲピーを繰り出す。戦闘前にどんな顔してるのか、本人分かってないんだろうな。お客さんとか商会のメンバーとかに見せる笑顔と違うんだよね。戦闘前のそれが素の笑みなのかな、って。本性を知っている私はそんなことを考えてみたりして。

「先パイ、よろしくお願いします!」
「はい。負けませんよ」

 ……とはいえ私、ゲーム越しじゃないトレーナー同士のポケモン勝負って初なんだよな。あ、野生ポケモン相手に戦闘は経験済みだ。商会は一定期間ごとに集落を移動する。だから、移動中に野生ポケモンと遭遇するのは避けられないんだよね。私とトゲまるが戦闘に貢献できているか? いや、うーん。小指の爪くらいかね。

 戦闘は最終手段だからさ。“めかくしだま”とか、道具を使っても避けられないなら、って感じ。あれ。そう考えると、圧倒的に経験値足りなくね……?

 ええい、悩んでたって仕方ない。勝つって宣言したんだ。やってやらあ!

「トゲまる。【たいあたり】」
「チュキ!」
「トゲピー、こちらも【たいあたり】」
「チュゲ!」

 2匹のトゲピーがぶつかりあう!
 お、おお……。なんか、なんか……。

「すっごく気が抜ける……」

 卵同士がぶつかり合って相撲取ってる感じの絵面だ。でも【たいあたり】の音、なんか鈍いし痛そう。
 お互い技を繰り出しあうが、なかなか決着がつかない。

「むー。トゲピーのタイプはフェアリーだし【たいあたり】はノーマルだからタイプ一致じゃないしなあ」
「後輩さん、」
「素早さは私のトゲまるが上みたいだけど、レベルは先パイと変わりないみたいだし」
「後輩さん」
「ひょあ!!」

 ポン、と背後から肩を叩かれてしまった! びっっっくりしたな、もう!!

「先パイ、背後からやめてくださいよ!? ってかまだ勝負は終わって――」

 あ、あれ。先パイのトゲピーが目を回して倒れている。いつの間に?

「あれ、勝っちゃった?」

 全然手応えないんですが……。勝った実感が薄いんですが。
 トゲまるが誇らしそうに「チュキー!!」と手足をパタパタさせて私に駆け寄ってくる。おお、よしよし。よく頑張ったね?

「え、あれ? え?」

 な、納得いかない。なんか納得いかない! おかしいな、余所見なんかしてなかったのに……。

「どうしたんですか、後輩さん。アナタの勝ちですよ」

 ウォロが口角を上げて笑う。

「えー、先パイ。手加減とかしてないです、よ、ね……?」
「どうしてですか。ジブンは勝ちたかったんですよ? 後輩さんに負けてしまって、本当に残念です」

 う、胡散臭えええええ!! そのがっかりした仕草胡散臭ええええ!!

「しょうがないので、休憩が終わったら抜け出しましょうか。ちょうど交代の時間ですからね。しっかり、ついてきてください」

 あれれーおかしいぞ? ウォロは私がついてくるの乗り気じゃなかったはずなのに。一体何があったんだろう。どこで心変わりしたの……?

「あ、うっす。よろしくです」

 いや、いいんだ。結果オーライ。ウォロの監視がしやすくなったんだから、ここは喜ぶべきなんだよな……?

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