第2章:私はいつでも正気です - 2/6

 それから私とウォロは、仕事の合間を縫っては遺跡巡りに精を出していた。

 いや、マジで色んな所に連れていってもらった。ゲーム上のマップでは恐らくなかった所とかあったよ。とはいえ、原作のマップを事細かに覚えてるわけじゃないんだけど。勘だよ、勘。私、前世も今世も記憶力よくないしね。

 そういえば、「前世の私」と「今世の私」は見事無事混ざり合った。「ハイブリッド私」爆誕である。でも、お互いのいいとこ取りではないんだよね、能力とか諸々。転生でよくある(?)チートもないみたいだ。残念。

 相変わらず、アルセウスからも何もない。お告げ的なものはない。せめてアルセウスフォンとかさ……。あ、でもいらないや。デザインが好みじゃないし、嵩張りそうなんだよね、あれ。

 ま、それは置いといて。

「ウォロ先パーイ。今日どこまで行くんですか?」

 コンゴウ集落滞在6日目。今日も私はウォロについていって仕事をサボ――息抜きに遺跡やら古い物探しの旅に出ている。

 なんやかんやで同行を許されているので、就職当初よりはウォロと仲良くなれているのかもしれない。

 あ、でもどーしても遺跡の知識はね。一度で覚えらんないんだよね。ウォロほど私は熱心じゃないもんで。

「今日はズイの遺跡の方に行ってみましょうか」
「ズイの遺跡ですかー。ぽちゃぽちゃー!アンノーンがいるとこですね

 くっそう、規制かかったよ!
 今回はポッチャマでした!

 あそこにアンノーンがいるの、ネタバレ扱いなの!? アルセウスの基準分からん!

「また鳴き真似ですか? 得意なんですね?」
「得意っていうかなんていうか」

 見えざる神の介入というかなんというか。
 そもそもポケモンの鳴き真似が得意なのは、コンゴウ団のススキさんだから!

「とにかく急ぎましょうか」
「はいはーい!」

 ウォロは好奇心を全面に押し出した笑みを浮かべた。
 気のせいかな、足取りが弾んでいるような?

 ……こうしてると遠足に向かう小学生みたいで可愛いのになあ……。
 どーしてアルセウス狂信者かつ同担拒否マンになったんだろう。
 なんて考えてもしょうがないか。
 とにかく原作の流れを阻止しないと!

***

 ここら辺の土地は紅蓮の湿地帯と呼ばれている。

 前世の私は湿地帯という言葉は知っていたが、実際に訪れたことはなかったような気がする。湿地というだけあって、水気が多くてじめじめしている所が多い。

 まあ、中でもコンゴウ集落は湿地帯の中でも高台というか、水捌けのいい所に居を構えているみたいだ。
 ズイの遺跡は集落からわりと近い場所にあるから、ぬかるみに足を取られることも少ない。

 集落を出て15分経っただろうか。私の目はある異変を捉えた。

「ん? あれは……」

 向こうから小さなポケモンがやって来る。
 遠くからでもわかる青紫色ということは、

「先パイ」
「どうしましたか、後輩さん」
「向こうから来るポケモン、グレッグルですか?」
「そうですね」

 ポケモンにも友好的なのと好戦的なのがいて、グレッグルは後者に分類されたはず。
 ゲームやってたときは主人公が毒状態になっちゃって大変だったな。そこで追加攻撃受けて荷物落としたこともあったから、グレッグル見かけたら即逃げてたっけ。

 窪地というか小さな沼みたいな所に潜んでて、視界に入ったら攻撃を仕掛けてきて――。

 ん?

「あれ、おかしいな」
「何がですか」
「グレッグルの生息地ってズイの遺跡じゃないですよ」
「……そうでしたっけ」
「そうですって! ここら辺よりもっとぬかるんだとこにいたはずなので」

 ゲームで紅蓮の湿地帯に行くときはグレッグルに常に警戒してたんだよ。記憶力がよろしくない私だが、グレッグルの生息地はいやでも覚えている。

 ウォロは目を細めてもっと遠くを見ている。
 そして、何かに気付いたようにハッと息を飲み、

「――後輩さん、逃げましょう」
「逃げるって?」
「あのグレッグル、追いかけられてます」
「それマジ!?」

 やべ。素が出た。

「何に追いかけられてるんですか!」
「恐らくあれは――ドクロッグですね。仲間割れか、もしくは縄張り争いかもしれませんね」
「そんなのあるんですか!?」

 ゲームでもそんなん出てこなかったって!

「以前、コトブキムラにいるラベン博士から聞いたような……」
「逃げましょうすぐに」

 私たちの手持ちはトゲピーのみ。フェアリータイプはどくタイプに弱い。迎え撃つこともできない。

「むしろ、隠れるのが賢明かもしれませんね」
「なるほど!」

 そうこうしているうちに、グレッグルとドクロッグの姿がはっきり見えるようになってきた。

 げっ。あのドクロッグ、オヤブン個体じゃん!!
 瞳が赤く光ってるし異様に大きいし! 絶対そう!

「先パイ。ここらに隠れられる場所、あります?」

 ウォロは当たりを見回して答えた。

「ないですね!」

 いい笑顔やめろ!

 こういうときってどうしてたっけ? ああ、“めかくしだま”や“ひそやかスプレー”持ってたらなー。私の背中のリュックには入ってない。ウォロに訊いてみたら首を横に振られてしまった。持ってないのか! 詰んでる!

「けひゃひゃひゃっ!」

 追われていたグレッグルが、私たちの前をすたこらさっさと通過していった。
 
「うぃうぃやぁーーー!!」

 オヤブンドクロッグが喉を鳴らして雄叫びをあげた。
 赤い瞳と目が合った。
 鳥肌が立った気がした。

「先パーイ!」
「何でしょう、後輩さん」
「捕捉されましたよね!? 気付かれましたよね!?」
「ああ! あの赤い喉が膨れてますね。技を出すようです」
「吞気に分析やめて! やっぱ逃げるしかない!」
「そのようですね!」

 私とウォロは回れ右をすると一目散に駆け出した!

 前世の知識だが、熊に遭遇したら背中を見せて逃げてはいけないのだとか。

 もしかして、オヤブンから逃げるときも当てはまるのだろうか。

「おわあああああ!」

 びちゃり!

「ひいいいいっ! せん、見まし……!?」
「見ました! 紫色の液体が地面に染み込んでいきましたね! ドクロッグの技は凄まじいです!」

 生き生きと解説するウォロ。
 無言でひたすらうなずく私。
 何なのこの差!

「後輩さん、鍛え方が足りないですね」
「すみ、ません、ね! 新人な、もん、で!」

 先頭を走るのは追われていたグレッグル。次にウォロ。やや遅れて私。

 頑張ってウォロと並走するが、正直もう色々限界だ。私は息が上がっているのにウォロは涼しい顔で走り続けている。

 ドクロッグから逃げて何分経ったのだろう? 時折放たれる技を避け、障害物を避け、普通に走るより体力は消耗している。

「もしかして、せんぱ、こういうじょう、きょう、慣れてる?」
「え、何のことでしょう?」

 にっこにこー! という効果音が聞こえてきそうな笑顔が返ってきた。

 これ慣れてますわ。間違いないわ。くそ!

「ひゃひゃひゃ……」

 グレッグルが鳴いた。励ましているのだろうか。でも元はと言えばお前がこっちに逃げてくるからだろ! 成り行きで一緒に逃げてるけどお前のせいやぞ!

「どうすれば、いいんですかこれ」
「驚いた。このドクロッグは、執念深いんですね」
「だから――」

 何でお前そう呑気なんだよ!!

 という叫びは喉に貼りついて出てこない。
 知ってた? 大声出すのって結構力使うんだよ!

「おっとこれはマズい。後輩さん、前。川です」
「は――」

 弱り目に祟り目。泣きっ面にビークインってか!?

「これ以上の不幸あるー!?」

 がむしゃらに走って逃げて辿り着いたのは川辺!

「いえ好機です。川に飛び込めばさすがに追ってこないのでは?」

 びゅん! と毒を含んだ液体が私のすぐ横を掠めていった。こっっっわ!!

「せんぱい! わたし、およげない!」
「――おっとっと」

 急ブレーキ。私たちは川縁のギリギリで踏みとどまる。

「後輩さん泳げなかったんですか」
「はい!」

 前世の私はカナヅチだった。今世の私もそうだった。「ハイブリッド私」の最大の弱点である。

「どっ、どうしよう!」

 ドクロッグがゆっくり近づいてくる。強者の余裕というやつなのだろうか。

 私とウォロはじりじりと後退する。
 グレッグルはといえば、さり気なく私の後ろに隠れていた。何故!

「ジブンがリードするので飛び込みましょう」
「え”! 無理! 溺れる!」

 突然、腰のベルトに付けていたボールが震えた。

「わ、何!?」

 私のトゲピーがボールから出てきた!

「チョゲプリィ!!」

 緊迫した空気の中、気の抜ける可愛い鳴き声が響き渡る。

「ちょ!? トゲまる!?」

 なに待って。もしかして、やる気なの?

「やめなさいトゲまる! あんたじゃ太刀打ちできないから!!」
「チョッキ!」
「相性不利だしレベルも足りない!!」

 トゲまるは私の制止を振り切り、ドクロッグに突撃した。

 ダメ! 【たいあたり】じゃ無理!

「トゲまる!」

 ドクロッグは腕の一振でトゲまるの渾身の【たいあたり】を打ち返す。「チョッゲプリィ〜!」とボールのように宙を飛ぶ先は、川!

「トゲまる!」

 トゲまるが溺れる!

 頭の中にあるのはそれだけだった。

 無我夢中で駆け出し手を伸ばし――トゲまるをキャッチ。

「よかった、トゲまる無事?」

 瞬間、ガクンと身体が落ちる。
 しまった! 足下は川だ!

「あ」
「後輩さん!」

 ウォロの驚いた声が聞こえる。
 あ、やば。

「先パイ助けてー!」

 ドボン! と派手な水飛沫と音を立て、私は川に落下したのだった。

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