――お前、変だよ。
声がする。
――何で普通にできないの。
そう言われても分からない。
私にとって普通だと思ったことは、
他人にとっての「異常」らしい。
本当はポケモンが好きだけど、怖いふりをしなくっちゃ。
そうしなければ、
また、
私は「変な子」扱いされて、
――お前もひとり? なら、遊ぼうよ。
背中を押されて、
溺れて、あの子は――?
目に飛び込んできたのは、ウォロの整った顔だった。
ひゅ、と息を吸い込む。
銀色の瞳は冷めていた。
氷とまではいかないが、なんだ、その目は。
「うぉ……ろ、せんぱ、い……?」
「ああ、気付いたんですね。よかった」
氷は溶けて緩やかになり、いつもの優しい灯りが瞳に戻る。
いつものウォロだ。外面を取り繕った、先パイ。
「先パイが助けてくれたんですか」
「ええ、もちろん。商会の仲間じゃないですか」
穏やかな声だった。さっきの凍りつくような瞳が嘘のよう。夢だったとさえ思ってしまう。
「寒いでしょう? 火に当たってください」
「へぇい……」
私もウォロも全身ずぶ濡れだ。私は歯をガチガチ鳴らしながら、火で焦げないギリギリの位置を陣取った。
辺りを見回す。洞窟? みたいなところにいるみたいだ。遺跡ではないはず。多分。
洞窟の入口から見える空は赤橙色に染まっている。夕方、か……。オヤブンに追われたのが昼頃だから、結構長く気を失ってたのか……?
「ここって、どこですか?」
「それが、ジブンにもさっぱりで」
私が落ちたあと、ウォロはすぐさま川に飛び込んだらしい。ところが、川の流れが思ったより早く――下流まで流されてしまったようだ。
恐らく<紅蓮の湿地帯>のどこかでしょう、とウォロは言った。コンゴウ集落からは結構離れてしまったようだ、とも。
「しかし、水の中は意外に身動きが取れないんですね。濡れると衣服は重くなるし、荷物も背負っていたので、人1人を運ぶのに苦戦してしまいました。着衣での水泳は色々とコツがあると勉強になりましたよ。ある意味後輩さんのお陰です!」
「え、あ、はい?」
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそありがとうございました?」
何故お礼を言われてしまったのか。私、ちょっとびっくり。捉えようによっては嫌味だよ。ウォロは純粋な気持ちでありがとうって喋ってんだよな? ……だよな?
「それにしても、大事に至らなくてよかったです。ポケモンをボールに戻せば、あんな無茶しなくても済んだのに」
「あ」
そうか。そうすればトゲまるも私も川に落ちなくて済んだのか。頭いいなー。
「ご迷惑をお掛けして、すみませんでした。トゲまるが危ないって思ったら、身体が動いてて……」
あ、そういえば。
「先パイ、うちのトゲまるは!?」
「チョゲプリィ!」
「トゲまる!」
駆け寄ってきたトゲまるを抱き上げる。うん、重い。でも、愛しい重みだ。
「大丈夫、トゲまる? 怪我してない? もう、まさかあのオヤブンドクロッグに向かっていくなんて思わないじゃん! 本当お前は……無茶しちゃダメだよ!」
「チョキぃ……」
𠮟られたと思ったのか、トゲまるは小さく縮こまる。私はふっと笑った。
「でも、ありがとう」
すり、と頬を寄せる。トゲまるが「チュッキィ〜!」と弾むような鳴き声をあげた。
ああ、可愛い。可愛いなあ、私のポケモンは。
心までは焚き火に当たれないのに、今の私は胸の奥までポカポカ温かい。
「そうそう、お礼ならばこちらにも」
「……え」
ウォロの背後からひょこっと出てきたのは、オヤブンドクロッグに追われていた、グレッグル。
え、グレッグル……?
私は目を大きく見開いた。
「なっ!? お前、色違いなの!?」
そう。この追われていたグレッグル、色違いだったのだ!!
通常のグレッグルは青紫っぽいんだけど、色違いグレッグルの身体は水色っぽい。あと、頬の丸印と、3本指の真ん中は濃いピンク色だ。
「え、何で!?」
追われているときは命の危機だったので、さすがに指や頬なんかの細かい部分は見逃してしまうが、確かにこのグレッグルは青紫色だった、はず……?
「いや、確かに色違いなんですよ。どうやらこのグレッグルは、自分の身体をきのみや草の汁などで青紫色に染めていたようなんです」
混乱する私に納得のいく説明をくれたのは、ウォロだった。
「実は、後輩さんを追って川に飛び込んだら、このグレッグルもついてきたんです」
「へえ?」
マヌケな声が出た。
え、グレッグルって泳げるの? 見た目は前世の世界にいたカエルそっくりだけどさ。
あー? でも、ゲームだと水場にいてこっちに攻撃してきたし、泳げなくは……、ないのか?
「あっ。川に入ったから染めた色が落ちて、元の色になったわけかあ」
「その通りです」
ちなみにグレッグルがウォロを先導し、この場所に辿り着いたのだそうだ。ここには、グレッグルが拾い集めてきた食料や道具があって――ゲーム内でいう“誰かの落し物”ってやつだ――火を起こせたらしい。ウォロと私の荷物は濡れてしまって、着火剤が湿気って使えなかったのだ。落し物の中に火を起こせるものがあってよかった。そうでなければ、私もウォロも、今頃ずっと寒さに震えていただろう。
「もしかして、お前の住処だったりする?」
こくん、と色違いグレッグルはうなずいた。
「ひとりなの?」
こくん。
そうなると、このグレッグルが追われていたのって――。
「お前が追われていた理由は……、もしかして、色違いだから、なの?」
こくん。
ああ、そうか。そうなのか。
「1匹だけ色が違うから、仲間外れにされて……オヤブンにも追われていたの?」
こくん。
グレッグルの視線は、地面に向けられたままだった。
人で言えば、肩を落としている。そんなポーズだ。
「……まるで人のようですね」
いつもより一段と低い声だった。
ウォロの、声だった。
「人もそうですよ。大勢と何かが違えば、群れから追い出されてしまいます。人と違うことは、ある意味悪なのでしょうね」
生まれつきこの色なのだ。望んでこの姿に生まれたわけじゃない。
自分じゃどうすることもできない。
取り繕ったって、仲間に入れてもらえない。
「ポケモンも同じですか」
グレッグルは仲間に入りたかったのだろう。
だから、自分の身体を染めてまでして、群れに溶けこもうとしたのだろう。
「どうしてジブンだけそんな目に遭うのか、アナタも納得いかないのでしょう?」
あれ、そのフレーズって……。
「せんぱ、」
ウォロの瞳は氷だった。
カチ、と私の歯が鳴った。
火に当たっているのに、寒い。
「何故、全知全能の神が作った世界は、こんなにも理不尽なことが起きるのでしょうね」
あ、これまずい。
このウォロはギラティナと手を組んじゃうやつ。
闇堕ちだよ。やばい何か言わんと。ちょっと光堕ちするフレーズを!!
頑張って私! 「ハイブリッド私」!
「――か! 神は、乗り越えられない者に試練は与えないって言うじゃないですか!!!!」
言うじゃないですか……言うじゃないですか……言うじゃないですか……!
うーーん、見事なエコー。洞窟内はさながらカラオケボックスに早変わり! つってね!!
――つってね! じゃねえわ!! また私、選ぶ言葉間違えた!!!!
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