幕間5:開けよ世界、神の試練を乗り越えるために

 人もポケモンも寝静まった深夜。
 テンガン山の山頂――シンオウ神殿の中心に、ひとりの男が立っていた。

 大柄な体躯は古代シンオウ人が神事の際に着用していた衣装に包まれており、輝く金髪は信奉する神を似せたものに結い上げられている。

 神を従え、世界を再び創造したらどうなるのか。
 大いなる好奇心からアルセウスに心酔し、妄信し、目的のためなら犠牲も手段も問わない狂信者。

 それが、古代シンオウ人の末裔――ウォロだ。
 
 星を仰ぎ見ていたウォロは、静かに瞑目した。

 ここ数ヶ月間の出来事を思い出す。
 商会におかしな後輩が就職し、周囲を引っ掻き回していたことを。

 ポケモンを恐れず、名前をつけ、人間同様に可愛がる。
 ふざけた言動を取るかと思えば、己の正しさに常に正直で、他者を動かす。

 そして、何より。

「――彼女はこの世界を好いている」
 
 世界を恨まないらしい。辛い過去があったというのに――どうにも理解できぬ。
 他者、いや、身内にでさえ踏みにじられた過去があるのに、彼女は清らかなままでいる。
 その理由は一体、何だろうか。

(知りたい)

 ――恐らく彼女には、アルセウスの加護がある。

(でなければ、あれが……、ギラティナが反応するはずもない)

 転売ヤーに攫われた彼女を助けた日。ギラティナは、何度も咆哮した。アルセウスの気配を感じたからではないか、とウォロは推測する。

 洞窟へ入る直前、ギラティナはひと際大きく鳴いた。

(あの時、やはりアルセウスに関連する何かが、彼女にあったに違いない)

 恐らく、現在もっともアルセウスに近い人物だ。

 ああ、知りたい。
 彼女の奥に何があるのか、知りたい。
 それを暴けば、自身もアルセウスに近付けるはず。

 神を従えるのも可能なはず。
 あの日、彼女が教えてくれたではないか。

 ――神は、乗り越えられない者に試練は与えないのだから。

 ウォロは刮目し、挑むように空を睨んだ。

「ならば――相見えるために、多少の犠牲も致し方なし!」

 ウォロの背後に夜より濃い闇が生まれ、その中から6本の脚と2枚の黒い翼を持ったポケモンが姿を現す。

 アルセウスへの叛逆を企てしポケモン。その名はギラティナ。

 相当な暴れ者だったために、世界の裏側に追放されしポケモン。
 ウォロへ“もののけプレート”を受け渡し、時間の神、空間の神の存在を教えたポケモン。

 ウォロはギラティナと手を組み、かの神との対峙を夢見る。

(アルセウスよ、見るがいい)

 逸る心臓を押さえつけ、ウォロは空に向かって両腕を広げた。

「時は来た。さあ、さあさあさあさあ! ギラティナよ、時空の裂け目を開き、ディアルガとパルキアを狂わせるのだ!」

 ビシャーーン!

 ヒスイの地に雷鳴の如き声が轟く。
 夜空は鉛色の雲に覆われ、木々はざわめき、眠っていたポケモンたちは異様な気配に身を寄せ合う。

 ギラティナの咆哮は、まるでウォロの心臓と共鳴しているようだった。胸は焼けるように熱くなり、歓喜が血潮を駆け巡って四肢を震わせた。

「――行け!」

 ギラティナは空に向かって、己の力を解放した。

 ギラティナの周囲を漂っていた黒い靄が山頂へ集まって渦を巻き、稲光が夜を駆け抜ける。

 一瞬の静寂のあと――。

 世界が軋むように悲鳴を上げた。

 夜空に、否、空間そのものに無数の亀裂が走る。
 裂け目の向こうで“何か”が苦しみ、藻掻く気配がした。

「フフフ……ハハハハ!」

 ウォロは高らかに笑った。ああ、きっと、ジブンの夢はもうすぐ叶う。
 世界は創り変えられる。
 そうすれば、きっと。

(そうすれば、よりよい世界が叶うはず。報われるはずなのだ。そうでなければ、おかしいでしょう)

 ――世界を恨まないと言った、彼女の想いが。

 ウォロは、脳裏に一瞬だけ過ぎった考えに気付かないふりをした。

 物語は、まるで蝶の微細な羽ばたきのように。
 原作を改変したい少女の思いに呼応するように、静かに軌道を変え始めている。

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