第4章:主人公がやって来た

「ポケモンの新作どこまでやった?」
「全クリしたに決まってんじゃーん! えっ、姉ちゃん裏ボスまでやった?」
「当たり前でしょ、舐めんじゃないわよ。……ウォロヤバくない」
「ヤバいよね~」

 ミーンミンミンミンミン……。

 セミの鳴き声が、やけにうるさい夏だった。
 
 父ちゃんの実家に帰省したところ、久しぶりに親戚の姉ちゃんと再会した。姉ちゃんのお母さんと、私の父ちゃんが兄妹で、私たちはいとこにあたる。

 姉ちゃんは私よりひと回り歳上で、すでに社会人として何年も働いていた。

 お互いポケモンという共通の沼にずっぷりハマっていたものだから、こうして父ちゃんたちの実家――つまり、私たちのじいちゃんの家――にいても、ゲーム機片手にポケモンの新作について語り合ったものだった。

 姉ちゃんは腐女子なのだが、過去に発売されたポケモンのゲーム「ソード・シールド」に登場するキャラクター、キバナに惚れ込んでしまい、彼限定の夢女子となった。つまり、姉ちゃんは「キバナの女」なのである。

 ちなみに「特にウォロショウとテルショウ、とにかく主人公受けが好きだ」とカミングアウトしたら、姉ちゃんから「は? ウォロセキ一択でしょ」と返ってきたので、この話はすぐに終わった。こういうのは宗教である。お互いの地雷カプではなかったのが救いだ。

 ミーンミンミンミンミン……。

 セミの声が耳につく。会話がなくなると気になるなあ。

「……姉ちゃん。一緒に乙女ゲーしない?」

 気まずくなる前に話題を変えよう。

「いいわね、付き合ってやろうじゃない。全員漏れなく落としてやるわよ……」
「姉ちゃんのそれ、確実に息の根止める『落とす』なんだよな」

 ヘッドロックで落とす姿を想像しちゃうぜ。

「ちなみに何やるの? ああ、これかあ……」

 ゲームタイトルを見た姉ちゃんの反応的に、知ってるやつっぽいな。

「友達が乙女ゲーをよくやる子でさ。このシリーズのゲームのファンなのよ。これ、魔法学校が舞台なんでしょ。友達は幼馴染みのキャラが好きらしいわよ」
「へえー、いいねいいね。私は担任教師好きなんだけどさー」

 スチルを全部回収するために始めた教師ルート。
 ギブアップするまで攻略サイト等は見ない方針で挑んだのだが――。

「……あんたさあ、何で5周しても絶対ヤンデレ化からのバッドエンドになるの?」
「分からん。攻略見ないでやるとさ、どのキャラも絶対ヤンデレルートに入るんだよ!」
「うーわ、マジでぇ? この熱血漢をヤンデレにするって相当よ?」

 姉ちゃん、引かないでよ。

「実はこのゲーム、何故か質の高いヤンデレが揃ってることで有名でさ。束縛系、支配系、崇拝系とか……」
「マジ? バリエーション豊富ね……」

 と、ここで私のスマホから着信音が鳴った。

 トークアプリを確認すると、夏休み前によく話すようになった友達からメッセージを受信していた。

 内容はこうだ。

『ねえ 私が遊びに誘った日』
『用事があるって断ったよね』
『他の女と歩いてたよね』
『あれは誰?』
『ねえ』
『返事して』
『お家 誰もいないの』
『どこに行ってるの?』
『無視しないで』
『ねえ』
『私だけ見てよ』

「……」

 私が余程渋い顔をしていたせいなのか、姉ちゃんがひょいと横からスマホを覗き込んだあと悲鳴を上げた。

「うーわ、あんたってば、友達相手にこんな調子なわけ? 下手な怪談話より怖いわよ」

 ますますドン引かないでほしい!

「普通に接してたんだけど……」
「絶対普通じゃないわよ」
「そ、そう……なのかな?」

 中学生の同級生も、高校時代に付き合った野球部の彼氏も、最後には湿度が高くなったっけ……。

「あんた、刺されないようにしなさいよ」
「いやいや。さすがにね。ないっしょ」

 ミーンミンミンミン……。

 急にセミの声がうるさくなる。
 警告しているように。

「――」

 姉ちゃんの声が、かき消される。

 景色も何かもが遠くなって、混ざり合って、冷たい場所に放り出される。

 何だ、これ。

 冷たいアスファルト。

 赤が、広がる。
 命が、零れていく。

 ああ、そうか。
 これは、前世の記憶だ。

 視界が歪み、目の前が真っ暗になっていく。

 ――姉ちゃんが正しかった。

 まさか、死因になるとは思わなかったわ。

***

「……変な夢見たなあ」

 今日の目覚めは最悪だった。
 どうやら前世の記憶が混じり込んでいたらしい。

「死因を思い出すとか悪夢じゃん……」

 無意識に脇腹を擦る。……どうして今更、前世の死因を思い出したんだろう?

 布団から無理矢理這い出て、朝の支度を始める。
 同室の先輩はまだ布団で寝ていた。まだ時間に余裕はあるし、後で起こしてあげよう。

 ギンガ団が用意してくれたイチョウ商会の宿舎は、どの村の建物より新しくて清潔だ。

 ついでに言うと、私の前世が日本人だったせいなのか、畳や障子に懐かしさも覚えるんだよね。い草の匂いのせいかな?
 まあ、前世でこんな「The和風」な部屋に住んだことはないけど。
 
 水甕から水を汲んで顔を洗った。うーん、まだ眠いや……。

「こういう時は、いい“ねむけざまし”があるんだよね」

 そーっと障子を開けて、テンガン山の方向を睨む。

 天を衝くほどのテンガン山。
 その上空には亀裂が走っている。
 青空に似つかわしくない黒いものが渦を巻いて、中心は光り輝いていた。

「うーん、目が覚めるわあ……」

 あのアルセウス同担拒否マンめ。
 開けやがったぞ、時空の裂け目!

***

 数日前。大きな雷と共に、あの亀裂は現れた。
 ムラの人たちは「天に穴が」「亀裂が」と狼狽えていたが、いつの間にか皆「時空の裂け目」と呼んでいた。

 どうやら昔も時空の裂け目は現れたらしく、当時の記録が残っていたために、この名称が定着したらしい。

 しかも、シンジュ団とコンゴウ団の人が「シンオウさまがおられるのでは」と噂していたそうだ。これは、商会の先輩方から聞いた話。

 そんでもって、ギンガ団で裂け目を調査するか議論があったらしい。今のところ目立った被害も聞かないし、そもそも調べる術がないから、しばらく静観とのこと。これは、商品を買いに来てくれた調査隊のテルくんから聞いた話。

 そう、テルくん。テルくんである!

 どうやら私、調査隊にテルくんがいる世界線に転生したようだ。
 時空の裂け目が開いた以上、原作の流れになるのは必定。
 このヒスイにやって来るのは、紛れもなくショウちゃんだ!

「はあ……」

 今の私の心は灰色一色っすよ。
 私、ショウちゃんがヒスイに来て苦労しないように、原作を改変しようとしてたんだよ。

 ウォロの興味をアルセウスから逸らしたら、ギラティナと縁を切ると予想した。

 だから、私がおもしれー女になって、ウォロの興味を引きつつ、他の趣味を持ってもらおうとしたんだけどなあ……。

「上手く行かなかったかあ……」
「何がですか? 先程の接客は、なかなかよいと思いましたが」
「……」

 お 前 の せ い だ よ。

 目の前でニコニコ笑うウォロにそう言ってやれたら、どれほどいいだろうか。

 何で時空の裂け目を開けたんだよ!
 私のこと「おもしれー女」って言ったくせによう!
 さっさと担降りして、遺跡巡りとかに集中しなさいよ!

「なんでもないでーす!」

 今はウォロを気にしても仕方ない。仕事に集中しなくちゃな。
 私はソノオ通りを歩く人たちに声をかける。

「珍しい物、ありますよー!」
  
 イチョウ商会は行商のスタイルは崩さず、大きな村に商会のメンバーを数人配置し、より珍しい物を仕入れ、新規顧客を開拓する方針になった。

 私はギンナンさんやウォロと一緒にコトブキムラで働いている。
 今日は仕入れにギンナンさんを含めた数人が出ているので、コトブキムラ担当は私とウォロ、あともうひとりの先輩の3人だ。

 先輩たちにトークのいろはを教わりつつ、私は商人としての経験を積んでいる。

 けど、今日はどうにも調子がよくない。今朝の悪夢のせいもあるが、原作改変に失敗したショックが大きいのだ。

 何が悪かったのかなー。前世を思い出すタイミングかなー。既にウォロがギラティナと共謀していたら、いくら私が頑張ってもウォロが好奇心に負けて裂け目開くよなー。

 私は接客中のウォロを盗み見る。

 ウォロは老若男女相手に人当たりのいい笑顔を浮かべ、目玉商品をおすすめしている。サボり癖があるとはいえ、イチョウ商会では優秀な部類に入るのだ。まさか、世界を創り変える野望を持つ男だとは誰も思わないだろう。

 原作では、ウォロは本音を最後まで明かさなかった。
 激しい感情を表したのは最終盤かつ、ゲーム主人公の前でだけ。

 恐らくそれは、この世界でも同じだろう。

 なんというか――ナメてたなあ、と思う。

 ウォロのアルセウスへの執着心っぷりは、ぽっと出の私なんかじゃ太刀打ちできないのかもな。

 人の想いって、強いんだ。
「前世の私」も「今世の私」も、その身を持って理解している。
 中でも何かを「信じる」のって、なかなか強いよな。
 
 向けられた方は堪ったもんじゃないけど。

「あ……」

 私の手は、無意識に脇腹を擦っていた。

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