「奉仕って、子どもたちと遊ぶことでいいんすか?」
「もちろんだ。あなたは以前から、子どもたちと遊んでくれていただろう。シンジュ団以外の人間と交流することは、子どもたちにもいい刺激になるからね」
厚い雪で包まれたシンジュ集落。
白一色の景色の中を、2人の少女――シンジュ団の長のカイとイチョウ商会の商人が歩いていた。
先日、イチョウ商会・シンジュ団・ギンガ団を巻き込んだ大騒動があった。
結果的に品薄の“ゲンキノツボミ”を高額で売り捌いていた「転売ヤー」を捕らえることができたものの、騒動の一端となった商人の少女は、商会のリーダーから罰を言い渡された。
「商会の付き添いなしで村外へ出ない」という約束を破った代償。
それは、1週間の謹慎と、シンジュ団・ギンガ団への無償奉仕だった。
今日はその奉仕の日。
カイは「子どもたちと遊んでほしい」と少女へ告げ、遊び場への案内役を買って出た。
「とはいえ、子どもたち、怖がらないっすかね? まだこんなんだし」
カイは、後ろを歩く商人の少女をちらりと振り返った。
本人は人懐っこい笑顔を浮かべている。けれど、その手や頬には包帯の跡が残り、あの騒動での奮闘を物語っていた。これでも人前で商売できるくらいに回復はしたそうだが……。
「大丈夫。あなたのそれは、ヒスイの秩序を守った証でもある。仮に何か言う子がいたら――長のわたしが叱るから」
胸を張ってそう言うカイの声は、不思議と温かい。
「心配は無用だ。さあ、子どもたちのところへ行こう。シンジュ団の子どもが遊ぶところは、わたしが小さな頃から変わっていないんだ」
***
あの出来事を思い出すと、今でも少し、身体が震える。
(すごいな、本当にすごい。わたしはあの時、動けなかった……)
転売ヤーから暴力を受けるゾロアとゾロアーク。
止めなきゃと思った。だが、割って入る勇気が、どうしても出なかった。
転売ヤーに見つかった際、少女は迷うことなく、カイへ逃げろと言った。
――ううん。逃げて。それで、応援を呼んできてほしい。私が足止めするから。お願い。
――ねえ、カイちゃん。適材適所だよ。今はさ、カイちゃんが応援を呼ぶ方が、この状況の打破に繋がるんだよ。
的確な状況判断と、立ち向かう勇気。
彼女にあって、自分にはないもの。
シンジュ集落で起きたことは、長たる自分が対処すべきだった。
できたのは、助けを呼ぶことだけ。
不甲斐なさと後悔ばかりが募って、カイの心に暗い影を落とす。
(わたしは、どうしてこんなにも……)
その先に続く言葉に、カイは気付かないふりをした。
それに気付いてしまったら、今まで踏ん張っていた「何か」が崩れていきそうだったから。
あの商人は、イチョウ商会の新人らしい。
モンスターボール――ポケモンを閉じ込めて言うことを聞かせる道具――に入れている点は気に入らないが、彼女はとても、勇気ある人だ。
(どうして、この人は強いんだろう。何がわたしと違うのだろう)
どうして。
何度も心の中で繰り返した言葉だ。
ああ、どうして――。
「どうして、わたしも遊ぶことになっているんだ!?」
カイの叫びが雪原に木霊する。
子どもたちは「何でそんなこと訊くの?」という顔をしている。
「いやー、だって雪合戦の人数がねえ?」
「ねえ〜? 商人のお姉さんが入ったら、組に差が出るもん。ひとりは審判やってくれるから、カイ様が入ったらちょうどいいの!」
「いいじゃん、カイさん。私とやろうよ!」
商人の少女と子どもたちに必要とされている。カイの胸中は複雑だ。しかし、ここで押し切られるわけにはいかない。
「わ、わたしは案内だけのつもりだったんだ」
「カイ様が入れば、ちょうどいいの!」
「おねがい、カイさまー」
「しょうにんのおねえちゃん、つよいんだもんー」
「カイさま〜。お仕事忙しいの?」
「仕事は、別に……ううっ……」
子どもたちに両の腕を掴まれ、期待に満ちた瞳で見つめられては、さすがのカイも堪らない。強く出られずにいたところに、商人のひと言がトドメとなる。
「子どもたちとの交流も長の仕事と思えばいいっしょ?」
「あ、あなたに言われたくない! これはそもそも、あなたの無償奉仕だろう!」
結局、カイも子どもたちと遊ぶことになった。
カイが率いる「シンジュ組」と、商人の少女率いる「イチョウ組」の二手に分かれ、雪合戦を行うことになった。先に3回勝った組が勝ちとなる。
子どもたちはじゃんけんで、それぞれの組に振り分けられた。
「カイさま。あそびかたは、わかる?」
「当然だ。敵の組から雪玉を当てられたものは離脱。敵の組の全員がいなくなるか、相手の陣地に立てた旗を取ったら勝ち」
カイは自信満々に答えたが、内心、心臓が爆発しそうだった。実は、雪合戦をするのは初めてなのだ。
幼い頃より長になるための修行ばかりしていたため、同じ年頃の子どもと遊んだ経験がほぼない。成長した現在、長の立場もあって友人は少なく、話し相手も限られていた。
虚勢を張っているのがバレたのか、商人の少女はにやにやしながら「ほほーん。お手並み拝見ですなー」と妙な口調で囃し立てる。それに少しムっとしつつも、カイは士気を上げるために同じ組になった子どもたちへ、「勝つぞ!」と声をかけた。
「カイさん。雪の壁は、子ども2人が隠れられるくらいの大きさで、自分の陣地に4つまで作りますからね。一番奥の壁の手前に、旗を置いてください。子どもたちが詳しいんで、そっちのシンジュ組の子たちに色々訊いてください」
「分かった」
カイは柘榴色の旗を、商人の少女から受け取った。イチョウ組の旗は縹色だ。
「ふっふっふっふっ……。雪合戦界のオニゴーリと言われた私の腕、舐めないでくださいね」
「それ初めて聞いたよ、商人のお姉ちゃん……」
***
1戦目はイチョウ組の勝利だった。
カイが前線に出て雪を投げつけたのだが、あっという間にやられてしまった。がっくり肩を落とし、カイは審判役の子どもと一緒になって勝敗の行方を眺めていた。
「カイ様、弱いんですね」
審判の子どもの無邪気なひと言が胸に突き刺さる。
「そ、そんなことはない……! 今日は調子が悪いだけだからね!」
すぐに否定したが、実際、雪合戦でも役に立てなかった。
(どうしてこうも、わたしは何もできないんだろう)
なんでもないこの景色が、急に色褪せていく。
世界に取り残されたようで、どこか冷たく思えてしまう。
続く2戦目も、すぐに雪玉に当たってしまった。
(子どもたちとの遊びですら、わたしは長としての姿を見せられないのか)
二の腕を掴んで、自分の世界に入りかけたカイだったが……。
「いやあ〜、負けた負けた〜!」
からりと晴れた空のような口調で、商人の少女がやって来た。
「えへへ、雪玉当てられちゃった」
彼女はカイの隣に立つと、「早期離脱仲間!」と破顔した。
「シンジュ団の人たちって、雪と生活しているせいか何かが違うっすね」
「この土地と生きているからね。――あなたとは年季が違う」
「っすねえ……」
棘のある言葉を軽くいなしたあと、少女はじいっとカイを見つめてきた。
無視を決め込むカイ。だが、次第にその視線がくすぐったくなってくる。いい加減にしろ、と口を開きかけたその時、
「強くなる方法、教えたげよっか」
「え?」
思わぬひと言に、反射的に振り向いてしまった。
「わっ」
意外と近い距離に少女がいて驚く。
「な、何……」
「必勝法。って訳でもないけど、雪合戦に強くなる方法、教えますね」
「わ、わたしは別にっ!」
カイの口調が一瞬、歳相応のものに戻る。
(そうだ、雪合戦のことを言ってるんだ。この人の強さの秘訣ではなく……)
カイの慌てぶりに気付くことなく、商人の少女はこう言った。
「全部ひとりでやろうとしないこと」
「……え?」
そんな簡単なことでいいのか。
カイは目を瞬いた。
「だってカイさんってば、自分で雪玉も作って投げて戦況見てって、一人何役こなすつもりですか。そりゃ、やれる人はいるかもだけど、稀ですよ。役割分担してください」
「でも、わたしはこの組の長だ」
「うーん。長がひとり頑張っても、できることは限られてますよ! 子どもたちがいるんですから、それぞれの得意なことをやってくれるはずです」
話を聞くに、どうやら商人の少女が前線に出て、後衛と雪玉作りを子どもたちに任せているらしい。
「カイさんも真似したらいいっすよ」
「でも……」
「子どもたちを信頼してくださいよ。いいですか、あの子たちは私たちより雪合戦を経験してます。玄人ですからね。うちの組はね、作戦を子どもたちが作戦を考えてくれたんです。だから、ここはカイさんも郷に入っては郷に従え精神でいきませんか? ん、何か違うな。追うタコ……負うた子に教えられて浅瀬を渡る……?」
少女は何かをブツブツ話しているが、もう既にカイの耳には届いていなかった。
「信頼……」
信頼。この言葉を何度も心の中で唱えた。
確かに、子どもたちを率いなければと思い、あれもこれもと手を出していた。が、却ってそれが、よくなかったのかもしれない。
(子どもは弱いと決めつけていたから……)
目の前で雪合戦を繰り広げる子どもたちはたくましく、大人たちがいなくなっても統率力が衰えることもない。
「そうか。……そうだな」
カイの顔が目に見えて明るくなる。
「シンジュ組の長として、子どもたちを守ることばかり考えていた。彼らも『シンオウさま』を崇めるシンジュ団の一員。何もできないわけではない。背中を預けることも大事だ! 信じることが力だ!」
「まあ、遊びですからね。そんな気負わなくていいっすからね?」
「そうと決まれば、次は負けない! まだ2敗。ここから挽回してみせる!」
「だから、遊び! 雪合戦なんすよ! カイさん真面目ー!」
商人の少女のツッコミは、またしてもカイには届かなかった。
***
3戦目はシンジュ組が勝利した。
子どもたちを攻撃に専念させ、カイが雪玉作りに専念したのが功を奏したのだ。
そこからは、手に汗握る一進一退の攻防。ついには決着がつかず、全員の体力が尽きたところで今回は引き分けとなった。
白銀の世界は、すっかり橙色の光に染まっていた。もう、家に帰る時間だ。
商人の少女は子どもたちと再戦を誓い、この日は解散となった。
「うひー、つっかれたあ……」
全ての子どもたちを家まで送り届けた。無償奉仕はこれにて終了だ。
帰路、商人の少女は心底くたびれた様子でカイに話しかけた。
「久しぶりにあんなに動きましたよ。大人になると、なかなか全力で遊べませんよね」
「そうかなあ? あなたは大人であろうと、常に全力で遊んでいるように思えるけど……っと……」
雪合戦を経て、カイの口調は歳相応のものに戻っていた。
(まあ、いいか。この人の前では……)
シンジュ団の長としての態度は、この商人の前では崩されてしまう。
(長だからといって、態度を変えるような人ではないみたいだからね)
2人の会話が途切れた。聞こえるのは、彼女たちの足音。集落の人間たちの話し声。そして、巣に帰るポケモンたちの鳴き声。
イチョウ商会の滞在所が、集落から少し離れた所にあるせいなのか。だんだん、すべての人の音が遠ざかっていく。
2人は自然に歩みを止めていた。
(静かだな……)
この空間にいるのは自分だけ、と錯覚してしまうほど。
雪が、全ての音を吸い上げてしまったようだった。
けれど、嫌いではない。
シンオウさまから与えられた土地だからだろう。
「……不思議ですね。さっきまで騒がしかったのに、今は嘘みたいに静かだ」
静寂を破ったのは、商人の少女だった。
「この空間に、自分しかいないみたいな感じがしたんで。変ですかね」
「いや……。変じゃないよ。しんとしたこの空間で、わたしはいつも、シンオウさまのことを考えるから」
「空間、空間ねえ……。あっ、そういやカイさんってシンジュ団の長っすよね」
「うん?」
カイは少し身構えたが、続く言葉が「そもそも空間ってなんなんすか?」だったので、そっと息を吐いた。
「……あのね。わたしたちシンジュ団は、偽りの神を崇めるコンゴウ団とは違い、本物を崇めているの」
本物のシンオウさまは、宇宙と空間を生み出したのだとカイは語る。
「わたしが今立っているこの大地や場所――つまり、空間というのは、シンオウさまからもたらされた、いと尊きものなんだよ」
「はえ~。なんか、分かるような分からないような……。空間は、シンオウさまが与えたから尊い……? 存在を許されてる的な?」
首を捻る商人の少女。
シンジュ団以外の人間がすぐに分かってたまるか、とカイは思う。とはいえ、やはり長として説明責任くらいは果たさねばなるまい。
「じゃあ、カイさんの発言からいくと、今日ここで子どもたちと遊べたのも、シンオウさまのお陰ってことなんですか?」
「そういうことになる。それにね、空間というのは、誰かがいて初めて意味を持つんだよ」
「意味?」
カイはコクリとうなずいた。長としての修行の中で、学んだことでもある。
「新人さん、ひとつの部屋を想像してみて。家具が一切なければ、そこはただの、空っぽという意味の空間なの。だけど、そこに箪笥を運び、布団を運び、机を運び、あなたが居たら――そこは、あなたの部屋という空間になる」
「なるほど分からん」
商人の少女はカイの話を必死に理解しようとする。
「……じゃあ、その理論でいくとですよ。今日の雪合戦で使った場所も、私たちがいなければただの雪原っていう空間だった的な……?」
「うん。その解釈は近いよ」
「……ふむふむ」
ふと、少女が空を見上げた。
夜の色に染まる空には、沈む夕陽が残していった茜色の名残があった。
「――じゃあ、空間は時間とも関係がある?」
「時間?」
ひくり、とカイの頬が引き攣る。しかし、商人の少女は気が付くことなく、己の意見を口にした。
「今日の雪合戦の場所は、昔から子どもたちの遊び場として機能してるんですよね? ある意味歴史あるものでは? 時間帯や季節によっては、ポケモンが使ったり、違う何かに活用する空間かもしれない。つまり、空間と時間は、切っても切れないものなのでは――あれ。カイさん?」
そこでやっと、商人の少女は気が付いた。自身がカイの地雷を踏んだことに。
「……空間から、どうして時間の話となるの」
「え?」
「コンゴウ団が崇める偽りのシンオウさまは、宇宙の時間を司るから」
「あー、なるほどお?」
彼女は冷や汗をかいていた。
「いや、そんなつもりはないんですが……。考えてみてくださいよ。むしろ、空間は時間を内包してますよ」
カイの眉がぴくりと動く。
「空間が、時間を?」
「うんうん! そうするとですね、空間が上ってことになると思いません? なるよね? いや、ならないと困る!」
少女はぐいぐいとカイへ近付き、必死に言い訳をする。勢いでなんとかやり過ごしたい、と顔に書いてある。
あの日、勇気を出して転売ヤーたちに立ち向かった人物と同じとは思えない。
(こうして話してると、わたしと同じくらいの歳に見えるな)
情けない表情を浮かべる商人の少女を前にすると、自分が不機嫌になったことが、馬鹿らしく思えてきた。むしろ、カイ自身の未熟さ突きつけられたようだった。
(彼女にあって、わたしにはないもの。なんだろう。……シンオウさまのことでもなくて、ポケモンでもないこと)
知りたい。
長としての態度も、この人の前では霧散してしまうから。気軽な関係を築けるのではなかろうか。
(ここまで来たら、この新人さんのことを知って、わたしにないものを知ればいいんだ)
カイは商人の少女の名前を呼ぼうとするが、それすら知らないことに気付いた。己の至らなさに腹が立つ。
「ああ、なんてこと」
「わっ、怒ってるよね? ごめん、カイさん!」
「違うからね! そうじゃないの」
商人の少女が勘違いしているので、カイは慌てて否定した。
「……こちらこそ、ごめんなさい。あなたは別に悪気があって、時間という単語を出したわけじゃないのにね。あなたは商人なのに、シンオウさまが司るものについて知ろうとしてくれていたよね」
カイは、商人の少女と改めて向き合った。
やはり、同じ年頃の少女に見える。
商人たちは制服に身を包んで帽子を被っているから、顔へ印象が向かず、誰もが同じ姿に見えていた。
けれど、今は違う。
「新人さん、教えてほしい。あなたの名前は?」
「えっ、私の名前ぇ?」
何故か素っ頓狂な悲鳴を上げる商人の少女。
「いや、こちらとらモブですよ! 名乗るほどの者では」
「もぶってなに?」
「いやこっちの話! そんなあ……、こんな美少女に名乗るなんて恐れ多いんだけど!」
「いつまでも新人なんて呼べないよ。“ゲンキノツボミ”を探して、転売ヤーたちと戦って、今日は雪合戦までした仲なのに」
これを、世間では――。
「わたしたち、同志、仲間……ええと、ゆ、友人って言っちゃ、ダメなの?」
「はうっ!」
次の瞬間、商人の少女は左胸を押さえて蹲っていた。
慌てて駆け寄るカイの「大丈夫か!?」を「ブイブイブブーイ! あ、うん。大丈夫だよー!」と前半をイーブイの鳴き声で返してしまったが、問題はなかった。
ちなみに鳴き声の部分は「原作の主要キャラに友達認定されるなんて嬉しい」という悲鳴であった。
「はあ。友人かあ……。そこまで言われたらしょうがないや。友人だから、特別にタダで教えてあげるー」
ようやく落ち着いてきたところで、商人の少女は、カイへ自身の名を教える。
「――」
耳元で、ヒソヒソと。
秘密を打ち明ける、仲のいい友人のように。
「――か。いい名前だね」
「いや、でも恥ずかしいから、新人とか後輩とかそういうので呼んでくださいね!? 普段呼び慣れてないから違和感あって」
商人の少女は頭を掻いた。
「他にあなたの名前を知っている人は?」
「商会の先輩たちは全員。自己紹介はしたけど、呼ばれることはないんですよ。皆、忘れてんじゃないかな」
「じゃあ、普段は新人さんって呼ぶよ。2人の時は、遠慮なく本名を呼ぶからね」
「はーい。よろしくね、カイちゃん」
カイは少女の名を噛みしめる。
彼女にあって、己にないものを知るために。
信頼の一歩を、踏み出した。
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