寝ている間にキバナさんのジュラルドンに憑依してしまった話

 朝が来た。今日も同じ朝がやって来た。
 今何時だろう。まだ眠いや。
 瞼が重い。気力がない。まだ寝かせて。

「――ジュラルドン」

 ミツハニーの集めたミツみたいだ。まるで恋人への呼びかけみたい。誰だろう。この人のもとで育ったジュラルドン、きっと大切にされているんだろうな。

「ジュラルドン?」

 声がどんどん近付いてくる。……誰? 私、こんなふうにポケモンに呼びかける人、知らない。

「おーい。飯だぞ。ジュラルドン。今日は寝坊助だな?」

 トントン。首の後ろをつつかれる。金属の「キンッ」っていう甲高い音がした。待って待って待って。人体からしちゃいけいない音がした。

 待って。

「――!?」

 私はようやく重い瞼を開けた。

「お。やっと起きた。おはようさん」

 恐ろしく顔の整った人が私を覗き込んでいた。
 ひっくり返りそうになったが、身体が重い。
 待って。何で?

 何でキバナさんがいるの――?

「ジュラルドン、悪いが早めに食べてくれな? 遅刻はしたくないだろ?」
「ゴーキン」

 ――どうしてキバナさんがいるんですか。

 この言葉はジュラルドンの鳴き声に置き換わっていた。

 まさか! まさかまさかまさかまさか!

 私は自分の掌を見つめる。指がない。金属のギザギザ。ピカピカみ磨かれた金属の身体が鏡のように反射して私の身体を映す。

 ――わ、わた、私! キバナさんのジュラルドンになってるうううううっ!?

 おかしい。私、昨日まで普通の日常を送っていたはずだよね? ただ眠っただけだよね? 人間だったよね? なのに何であのトップジムリーダーのポケモンになってんの!?

 キバナさんを知らない人なんてガラル中のどこを探してもいないだろう。とても有名な! あの! チャンピオン・ダンデのライバルの! ドラゴンストームのキバナさん! 私もファンです! 推してます!

 ハッとなって周りを見れば、ヌメルゴンやフライゴン、ギガイアスといった、テレビの中継で見たことがあるキバナ様のポケモンたちが朝ご飯を食べていた。

「ヌメ~?」

 ヌメルゴンが呆然と突っ立っていたジュラルドン(私)に気付き、食べようとしていたオボンのみをこちらに差し出す。な、なんて思いやりのあるいい子。……じゃなくて!

 ――違うんだってば。私はジュラルドンじゃないんだよ! 意識は人間なの!

 手をバタバタさせて訴えてもヌメルゴンには通じなかったようだ。不思議そうに見つめたあと、滑るようにしてどこかへ歩いていってしまう。

「ふりゃ?」

 今度はフライゴンが話しかけてきた。ご飯が乗ったお皿と私を交互に見やり、再度「ふりゃー」と鳴いた。食べないのと訊いているのだろうか。ポケモン専用のご飯は食べたことがない。お腹はもちろん空いているけれど、どうも食指が……。さっきヌメルゴンが差し出したきのみ、食べたらよかったのかな……?

 そんなことを考えていると、

「どうした、ヌメルゴン。そんなに引っ張るなって――ん? ジュラルドン、全然食べてないのか?」

 ヌメルゴンがキバナさんを連れて戻ってきた。

「ジュラルドン、どうした? 調子が悪いのか?」

 キバナさんが屈んで私と同じ目線になった。海のように綺麗なブルーの瞳が不安そうに揺れている。

「オマエに元気がないと心配だぜ」

 キバナさんの顔が近付いてくる。コツン、と鈍い音がした。キバナさんが自身の額をジュラルドンの額にくっつけたのだ。

「なあ、オレの相棒」

 えっ。待って。やめて死ぬ。顔面600族のツラがよすぎる。やめてゼロ距離は死ぬ。

「ジムに連絡するから先にポケモンセンターに――」

 あ、ダメだ。

 ふっと意識が遠のく。
 顔がいい人間を長時間見続けて気を確かに持てる人間はいるだろうか。少なくとも私には無理だった。

「――はっ!」

 今度は自分の部屋で目が覚めた。時刻は朝の8時。……大丈夫。今日は休みだ。

「ゆ、夢? 夢なの? 夢だよね。そうじゃないと困る……」

 私は壁に貼っているポスターを眺める。
 ポケモンをダイマックスする瞬間のキバナさんのベストショット。バトル中継動画をスクショし、自分で作ったのだ。砂嵐だし解像度は低いけど、この瞬間のキバナさんが一番カッコいい。

「はあ……。今日もキバナさんは素敵……」

 うっとりとキバナさん(のポスター)に見とれていた私は、さっき見た夢について考える。どうしてキバナさんの相棒・ジュラルドンになっていたのだろうか。思わず自分の身体をペタペタ触るが、皮膚で覆われているし、ちゃんと指は5本あった。鏡で顔も確認した。いつもの私だった。

 一体何だったのだろう。キバナさんへの熱い想いが生み出した都合のいい夢だったのだろうか。……でも妙にリアリティがあったな。

 ここで考えていても仕方ない。いい思いをした。ラッキーということで、もう気にしない方がいいのかもしれない。

 実際、キバナさんがあの夢の通りにポケモンたちと暮らしているのかは分からない。所詮は夢である。

「ん?」

 ヘッドボードに置いているモンスターボールが揺れている。光と共に飛び出したのは、私の相棒。

「ブリムオン」

 クスクス、とブリムオンは目を細めて悪戯でも成功したかのように笑った。

「なあに、もう」

 とはいえ、それはいつものことだ。どうやら私のブリムオン、やんちゃで悪戯好きなのだ。ミブリムの頃から突拍子もないことをしでかすので、その度に私は驚かされている。

「ご飯にしようか。おいで」
「りむ〜」

 ブリムオンが小さく何かを口ずさんんでいる。随分ご機嫌だ。何かいいことでもあったのだろうか。
 疑問に思いつつ、私は朝食の支度に取り掛かった。

 

【終】

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