※エイプリルフールの時のなんちゃって学パロ軸です
漫研の部室に珍しくウォロ先パイがいたので、今日だけ通じる魔法の言葉をかけてみた。
「トリック・オア・トリート!」
「はい、どうぞ」
ウォロ先パイはなんの感慨もなさそうに、ハロウィンの限定パッケージのチョコを寄越した。そして、深い溜め息をつく。
「ジブン、こういうものに興味はないんですが」
「はい」
何か語ろうとしているなあ。
「10月31日はハロウィンでしょう? 色んな生徒からトリック・オア・トリートと声をかけられて、イタズラしたい、むしろして欲しいなどと言われるんですよね」
頬杖をついて座る先パイは、窓から差し込む赤みの強いオレンジ色の夕陽と相まって、アンニュイな雰囲気を醸し出していた。ここに他の女子生徒がいたら黄色い声が上がってたんだろうな。
「だから、こうしてジブンで食べもしないお菓子を用意して、面倒なことを回避しているんです」
「はぁー。これ、ばら撒き用のお菓子なんだ」
「自衛です」
「なんか、ホワイトデーの時みたいっすね。先パイ、大勢の女子からバレンタインデーにお菓子貰ってたから……」
そんなこともありましたね、と遠い目をする先パイ。
学校の人気者はツラいっすねえ、と適当に返す私。
どこからか聞こえてくる吹奏楽部の演奏に合いの手を入れるように、カラスが鳴いた。
「はあ……」
どこかわざとらしい、先パイの溜め息。なんだなんだ。どうしたんですかねえ。
「後輩さんも所詮同じだったんですね」
「は?」
なんか言い出しましたよ、この人。
「トリック・オア・トリートで、ジブンにイタズラしようと企んでいたのですよね?」
「ちげえっすよ、マジでぇ!」
私は全身全霊で否定した。本当にない。心の底からあり得ない。なんで私が先パイにイタズラしたいんだよ。金積まれてもやらないし。……いや非課税で5千兆億円くれるなら欲しいけどさ。
「普通にお菓子欲しかっただけっすから! 先パイにイタズラしたって百害あって一利なしなんですが!?」
この間――先パイに告られて本性に触れた時から――、気を許されている感じがする。
先パイは老若男女問わずおモテになるが、裏では相当酷い言葉で恋人を振る最低野郎なのだ! しかも、自分の退屈しのぎのためなら、大して好きでもない奴と、嘘をついてまで付き合おうとする。私に告白してきたのがその証拠だ。
「好きだ」って言われてもさあ。言葉が滑り台に乗って、着地できてないっていうかさあ。ずっとダダ滑りっていうかさあ。上手く言えないけど、とにかくウォロ先パイは信頼できないのだ。
「つーか別に、コミュニケーションの一種でしょ。珍しく部室にいるから話しかけただけなのにー。なんでもかんでも『自分に気があるかも』なーんて勘違いするの、よくないっすよ」
先パイは物憂げな表情を崩さない。余裕すら感じる。ムカつくなあ!
こういうとこ自意識過剰だし、なにより、
「……先パイって童貞なんでは」
ピシリ、と。空気が凍った。先パイの口角がピクピクと引きつっている。よせばいいのに私は思わず「え、図星」と追い討ちをかけてしまった。
「ほう……」
とうとう先パイは表情を崩して勢いよく立ち上がり、一瞬で私の前に立ち塞がった。これはアカンと私は部室のドアに手を掛ける――が、腕を掴まれ阻止されてしまう。そして、ウォロ先パイは空いている手で鍵をかけ、ドアに手をついた。
しばらくお互い、無言で見つめ合っていた。
灰色の――色素の薄い瞳で無遠慮に見られている。何の表情も読み取れない。
金髪が夕陽に照らされて、今は濃いオレンジを溶かし込んだ色になっている。
やっぱこの人、顔だけはいいんだよな。なんてね。はしゃぐ皆の気持ちが分かったよ。いや、中身はだいぶアレだけど。
ウォロ先パイは背が大きいので、こんなに間近にいられると圧を感じて落ち着かない。これは捕食される側の生命の危機的なドキドキなんだろうか。
「や、やだなー、先パイ。本気にしないでくださいよー」
壁ドン、いやドアドンなんて、少女マンガでもあるまいし。隙を見て逃げよう。前みたいに不意打ちで腹パンしたら脱出できないか。……さすがに童貞は悪口か。謝っとこ。
「いや、すみませんでした……」
「トリック・オア・トリート」
「んえ」
変な声が出た。今、なんて言いやがりましたか。
「トリック・オア・トリート。ハロウィンですからね。ワタクシにもその権利くらいあるでしょう。後輩さん、もう一度言いますね。トリック・オア・トリート」
お綺麗な笑顔と声での死刑宣告。先パイは私の命運を握っている。
「えーっと。トリートとかは……」
「渡そうとしているそれは、ワタクシがあなたにあげたチョコです。ワタクシに返ってくるので、それは無効でしょう」
「嘘やん何その謎ルール……」
そんなルール知りませんて……。
「となると、アナタに残された道はワタクシからのトリック。……つまり。イタズラしかないのです」
言うなりぐっとウォロ先パイの顔が近づく。こ。この距離はやめろー! 家族でさえもこの距離許したことないぞー!!
「な、なにするんすか」
自分の声が震えているのが分かった。くっ、と喉が引きつる。とても、とても嫌な予感しかしない!
「フッ……。いい眺めですね」
ウォロ先パイは、私が動揺する姿をじっくりたっぷり眺めたあと、
「この程度のイタズラで済むことを感謝するがいい」
まるで裏ボスのように高らかに笑った。
私の両頬を力強く掴んで――。
翌日。私の両頬が酷く痛んだのは当然の結果である。
「痛いんですけど……」
ウォロ先パイは「自業自得ですよ」と、意地悪く笑う。
「跡が残っていなくてよかったです。昨日は我を忘れてかなり力が入ってしまい、申し訳ありませんでした」
「マジで痛かった。もう童貞って言いません……」
この会話のせいで、ウォロ先パイと私が付き合っているという不名誉な噂が学校中に流れるのだった。
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