第1章:そうだ、おもしれー女になろう! - 3/3

 パチパチと火の爆ぜる音がする。

 夜は暗いし冷える。前世より、火のありがたさを感じるよ。

 私とウォロは、〈黒曜の原野〉で焚き火を起こしてご飯の準備をしている。

「デートというから驚きました。なんだ、一緒に食事がしたかったんですか」
「まあはい、そんなとこっす。ええはい」

 私はウォロからやや視線を逸らし答えた。多分、遠くを見るような目をしていると思う。自分に呆れているのだ。ウォロは私の誘い文句を冗談だと取ってくれたようで、こうして黒曜の原野でイモモチ串を火で炙るのを手伝ってくれている。

 別に移動しなくてもよかったんだよ。だけど、私が「デートしましょう」と盛大な爆弾発言をかましたので、商会のメンバーが野次馬になり……。話どころではなくなってしまったのだ。だから、こうしてムラの外でキャンプみたいなことをしてるわけで……。

 勘違いしないでほしいが前世の私はウォロに一切恋愛的な感情はない!!

 しかしながら……。今世の私、ウォロの見た目がどストライクらしい。

 今世の私の4割の意識が「やだー! 超カッコイイー!」と主張し、見事「デートしましょう!」という単語を脳内から抜き出し、ついついナンパみたいなことをしてしまったのだった。やめろよホント。前世の私的には、外見だったらシマボシさんが好きなのよ。あとムベさん。早く「ハイブリッド私」になりたい。そうなったら好みどうなるんだろ? 私は私には変わりないんだけど、そこら辺、変化ってあるのかな。間を取ってギンナンさんになったりする? ……何の間なんだろう。ギンナンさんに失礼だよな。

「そろそろひっくり返して、裏側を焼きましょうか」
「はーい。あ、トゲまる火は危ないから来ちゃダメだよ」

 私はトゲまるを一旦ボールに戻す。商人なので、やけど状態に効く薬やきのみはあるけど、怪我をしないに越したことはない。

「ムベさんのイモモチ美味しいですよね! これは焦がすわけにはいかない……!」
「そうですね、あの味ともちもち具合は絶品です!」

 ニコニコと笑うウォロ。見た目は全然、優しそうなお兄さんって感じだけど、騙されちゃいけない。今ある世界を消そうとした人だ。黒幕だぜ、黒幕。

「後輩さんはジブンの顔をよくじっと見てきますよね。何か、ジブンについてますか?」
「えっ? あー、目と鼻と口がついてます」
「……そういうことではなくて」

 ごめんマジで煽ってるとかじゃなくてうっかり出た。脊髄反射で返すのよくないよね! ごめんね!

「ですよね!? いやー、すいません! ウォロ先パイの瞳や髪の色はなかなか珍しいので、つい」

 金髪に銀色の瞳は、ヒスイ地方では中々見ないものだ。しかもウォロ、背が高い。すごく高い。ゲームだとあまり分からなかったが、多分180センチ……いや、それ以上はあると思う。美丈夫という言葉を辞書で引いたら、その項目にウォロが出てくるに違いない。

 ウォロはというと、私の言葉に「よく言われます」と微笑んで、イモモチ串をひっくり返している。

 あー、やっぱりね。言われ慣れてるよね。「綺麗な瞳と髪の色ですね」とかね。ですよね。

「……まあ、髪や目の色が違うから何だって話っすよねー。同じ人間ですからねー、我々」

 あ、いや古代シンオウ人とか言ってたっけ? 正直それが何なのかよく分かってないけど、まあ、いいか。同じ人間でしょうよ。大きな括りで見ればね。

「先パイ?」

 ウォロの手が止まっていた。

「先パイ、どうしました?」
「――いいえ。何でもないですよ」

 いつもの笑顔を向けて、ウォロはイモモチ串を手に取る。

「いい焼き色です。そろそろ食べ頃ですよ」
「やった! イモモチ! イモモチ!」

 何でもないならいいや。気にすることでもないさ。他人の心なんて、分からんもんな。

「さ、トゲまる。ご飯にしよー」
「チュッキ!」

 ボールからトゲまるを出して膝に乗せる。トゲピーの好きな物は“きらきらミツ”“いきいきイナホ”“ころころマメ”だったな。今日は“ころころマメ”と、デザート感覚で“きらきらミツ”をあげようじゃないか。

「ほーれよしよし。お食べお食べ」

 短い手で一生懸命ご飯食べてるのよ。すごく可愛い。赤ちゃんの初めての食事ってこんな感じなのかね。あー、口元汚しちゃって。ほら拭いてあげよう、よしよし。

「あれ、ウォロ先パイもトゲピー出したらどうです? 一緒に食べましょうよ」
「ええ、そうですね」

 ウォロもトゲピーをボールから出し、“いきいきイナホ”やきのみを与えていた。

 さて、私もイモモチが冷めないうちに食べてしまおう。

「ん〜! あっつ! もちもち! 美味しい!」

 さすがムベさん! コトブキムラに滞在中は毎日通いつめますからね!

 ウォロも「美味しいです! どうやったらこんなにもちもちで美味しいイモモチを作れるのか興味深いですね」なんて相槌を打つ。

「ところで後輩さん」
「……ん、はい?」
「どうして自分を食事に誘ったんですか」
「あー」

 まあ、そうだよな。気になるよな。

「ギンナンさんから聞きました。先パイは商会内では成績がいいって。私もギンナンさんみたいに商会を立ち上げて、一人前になりたいんです! だから、ウォロ先パイから商売のコツなんかを聞いたり、技術を盗んだりして独立を目指したいなーと。だから、夢のためにウォロさんをこうして食事に誘ったってわけっす!」

 これはホントのこと。独立は、今世の私の夢なのだ。異論はないよ。何しろ原作阻止しようとしてるわけだし、意識の方は前世の私が強いのだ。これくらいは、叶えたいじゃないか。

 まあ、あとちょこっと本音を言うならさ、ウォロがギラティナと会ったのか。原作開始までどのくらいのとこに来てるのか、少しでもヒントを貰いたいんだよね!

「さあさあ、話してくださいよ! 接客の心得なんかを!」
「そうですねぇ……」

 焚き火を囲んでイモモチを食べながら、ウォロと私は様々な話をした。

 接客の話はタメになった。挨拶とか笑顔とか基本的なことはもちろん、ちょっとしたテクニックなんかも教わったりして。

 ああ、でもウォロのプライベートなところには触れられなかったんだよね。はぐらかされてしまった。お陰でウォロがギラティナに会ったのかは全く分からないまま。多分、まだなのかな? ウォロは好奇心に忠実だから、ギラティナと手を組んだらすぐにでも実行しそうだから。

 あと昔話、神話、遺跡が好きという情報は聞き出せた。「そういうの興味あります! ヒスイはそういうの多くていいですよね!」なんて合わせてみたけど、ウォロと一緒に行動できないかなあ……。

 そうしてどれくらい時間が経っただろうか。焚き火の火も穏やかになりお腹も膨れた頃、ウォロはパンと手を打った。

「さて、そろそろ戻りましょうか。明日はコトブキムラを発ちますからね」
「朝早出発ですよね、りょーかいです!」

 うーん、収穫なしかあ……。商会に入って1週間かそこいらの小娘に、そう簡単には心を開かないよね。むしろ最初からフルオープンだとそれはそれで怖いよな。

「チュッキ!」
「チュキ?」
「チュキチュッキ!」
「チュキプリィ〜」

 ん、トゲピーたちが遊んでる。同じポケモンだと尚更仲良くしやすいのかな。パタパタと短い手足を使ってじゃれ合ってるようだ。卵がモゾモゾ動いてるみたいで可愛い。

「帰るよ、トゲまる」

 私は自分のトゲピーを抱っこする。おお、食後だからちょっと重たい……気がする。

「後輩さんは不思議な人ですね」
「え、どこがです?」
「ポケモンの見分けがつくんですね」

 んん?

「ウォロさんは分からないんですか? 毎日一緒にいたら自分のトゲピーかそうでないかは分かりますよ」

 だよねー、とトゲまるに話しかければ、トゲまるは同意するように指を振った。

「でも、後輩さんはポケモンを持ったばかりでしょう?」
「まあ、うん。そうですけどね。ずっとポケモンと暮らしてみたいと思ったからですかねー?」

 前世の世界にはポケモンがいなかった。ゲームの中でしか触れ合えなかった。

 もしも現実にいたならば、絶対大切に育てようと思ったのだ。
 ポケモンの世界に転生なんて千載一遇のチャンスを掴んだんだ、ポケモンと暮らす夢も全力で叶えるって!

「なるほど、アナタはポケモンが怖くないんですね」
「そうっすね。ポケモンとは種を超えて仲良くできますよ。家族とか友人とか生涯の相棒とか。言葉は分からなくても、人間同士のようにきっと分かり合えますって!」

 するとウォロは私に近付き、人差し指をピンと立てた。

「やっぱりアナタ、面白いです」
「…………どこが?」
「自覚がないところがまた面白い。そのままでいてくださいね、後輩さん。きっとアナタなら、商会に新しい風を吹かせてくれるでしょう」

 にっこり笑うウォロを見た瞬間、私は閃いた。

 ――そうだ、おもしれー女になろう!!

 そうしたら……。ウォロは世界を造り変えるなんて言わないかもしれない!

 もっとこの世界に興味を持ってもらって。
 案外捨てたもんじゃないとか思ってもらって。

 アルセウスに会いたいってところは――まあ、こう上手く逸らしてさ。

 そしたら、原作変えられないかな? ギラティナと出会っても思い留まってくれないかな?

 ――よし、やったるわ! おもしれー女になって、興味をひとまず私に向けてやるんだ! そこから色んなことに目を向けてもらおう!

 幸いウォロは私に興味があるみたいだし、このまま突っ走ってやろうじゃん!!

「ふっふっふ。ウォロ先パイ、私に期待していてくださいね」

 今夜は満月。うん、実にいい日! 完璧な作戦を称えてくれ!

 このときの私は「名案を思いついた!」と調子に乗っていた。

 これが間違いだったのだろう、多分。

 アルセウスの興味を他に逸らすなんて。

 人に――よりによって自分に向けさせたらどうなるのか……、頭の足りない私には全く予想がついていなかったのだった。

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夢主の やる気が 5上がった▼
ウォロの 警戒度が 3上がった▼

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