「んー!」
ジタバタ、ジタバタ。縄が解けないか身体をあちこち動かしてみたが、ダメだった。ケムッソみたいな動きしかできない。
「んー!」
猿ぐつわを嚙まされているので、助けも呼べない。言葉にならない声が洞窟内に反響する。
寒い。地面は真っ白。雪が積もってる。だってここ、〈純白の凍土〉だもん。川に落ちたときも洞窟で震えてた。この間から寒さに苦しめられている。なんなのマジで。
どうせ捕まるなら火山がよかった。いや、やっぱなし。ここ火山だったら今頃干からびていたはずだ。私、干物になりたくない。凍えるのも嫌だけどな!
今回はしこたま厚着してるから、まだ寒さは我慢できるか。お陰で着膨れしちゃって「ゴンべ、いや、タマザラシみたいですね」ってウォロに言われた。いい笑顔つきで。あれ絶対貶してるだろ。何なん、あいつ。親しき中にも礼儀ありって言葉を知らんのか。
ああー。いやいや、今はこんなくだらないこと、思い出してる場合じゃなかった。あいつらが戻ってくる前に逃げなきゃ。次、何されるか分かんないもん。
打たれた頬がじくじくと痛む。あいつら絶対許さん。女の顔を殴るって何事。お嫁に行けなかったら責任取れや! 結婚しなくていいから金を寄越せや!
「んん!!」
ポケモンが入ったボールは取り上げられてしまった。酷い目に遭ってないだろうか。心配だ。早く、ここから逃げなきゃ。そして、イチョウ商会の皆と合流して――。
何でこうなったんだっけ。……ああ、転売ヤーを追っかけてたんだよな。それなのに、どうして捕まったんだっけ?
ここ数週間の出来事を思い出そう。そうすれば、この状況を突破できるかもしれないから。
***
「あなたのトゲピー、太ったんじゃないですか」
「え」
とある早朝。私とトゲまるのラブラブイチャイチャタイム(死語)を邪魔する奴が現れた。
限界アルセウスオタクのウォロである。
あらまあ、ご自分がアルセウスに焦がれてるからって、他人とポケモンの逢瀬に割って入るなんて野暮なことしてるんですの? とかまんま口に出すとそのアルセウスが規制音を被せてくるので、こうして心の中でウォロを煽っておく。
で、今この人何つった。
「何て?」
「ですから、後輩さんのトゲピー、太りましたよ」
「断言してきた」
さっきは「太りましたよね?」ってぺらっぺらのオブラートに包んでくれてたのに。
ウォロは自分のトゲピーを抱っこして、ずいっと私に差し出す。
「ジブンのトゲピーを抱っこしてみてください」
断る理由もないか。「トゲまる。ちょっとごめん。降ろすね」と断りを入れ、ウォロのトゲピーを抱っこした。お、ずっしりくる。
「チョッキ!」
「先パイのトゲピーも重いですよ」
「次、もう一度あなたのトゲピーを抱っこしてみてください」
ウォロに言われた通り抱っこしてみてたら、
「うおあ!?」
おわ、これ重っ! 鉛か? えっ、何事?
ウォロのトゲピーが「ずしっ」ならトゲまるは「ずしーん」なのよ。
「あれ、おかしいな。前からちょっと重くなってきたなーって感じていたけど。改めて他のトゲピー持ったら重く……? うん? あれー?」
頭の中はハテナでいっぱい。
ウォロが神妙な顔つきになって、「後輩さん。食べさせすぎです」と言った。
「いやそんなことは」
「ジブンのトゲピーと比べたでしょう?」
「大きな個体なんです、きっと」
「アナタにあげたときは、ジブンのトゲピーと大差ありませんでした」
「ぐぬぬ。そう言われると……」
「チュッキ?」とつぶらな瞳でトゲまるは私を見つめた。うーん。確かにさあ、なんかこう、頬っぺの辺りがふくふくしてきたというか。歩くの遅くなってきたような? でもでも! 見てよ。このまん丸フォルム。ううう……。うちの子可愛い。
「ほら、お前の好物のミツをあげようね」
「チョッゲプリィ〜!」
「それがダメだと言ってるじゃないですか!」
ウォロの華麗なツッコミが決まった。
「ダメなんでしょうか。愛故なのに」
「後輩さんがポケモンを可愛がっているのはよく知っています。しかし、甘やかすだけが……、愛ではないと思いますよ」
「むー」
トゲまるは可愛い。小さい。【たいあたり】しか覚えてないからバトルもしづらい。私はただの商人。野生のポケモンから身を守る程度の強さがあればいいから、特別強くなろうとは思わない。レディーが強いし、トゲまるは……、そうだな、愛玩? 愛でているだけなのだ。
「……でも、太って病気になっちゃったら嫌ですねえ」
「身動きも取りづらいですよ。それに、後輩さんが抱きかかえられないほど太ったら、どうするんですか」
「!」
抱っこせがまれて拒める? つぶらな瞳でじっと見てくる私のポケモンが、両腕上げて抱っこして欲しそうに見つめたらさ……。私、絶対この子を抱っこするだろう。そして、腰を痛める未来が見える。今でも「鉛か?」って錯覚したくらい重いんだ。これ以上太ったら……、私の腰が死ぬね。
「ウォロ先パイの言う通りだよ、お前を過度に甘やかすのはよくないよね」
よし、決めた。
「ダイエットしようぜ、トゲまる! 私も一緒にやるからさ。標準的なトゲピーになろう!」
「チュキ〜?」
トゲまるは不思議そうに私を見つめた。うんうん、よく分かってないみたいだけどね、私はやります。心を鬼にします。腰を守りたいです。
「頑張ってくださいね」
「頑張ります! あ、その前に、最近入手したミツハニー印のハチミツを! “きらきらミツ”が好きならこれも好きかな?」
「後輩さん……」
ウォロがまた呆れたような声を出した。
「皆、集まってるね?」
イチョウ商会が滞在している部屋にギンナンさんがやって来た。
あ、そうだった。共有事項があるから全員集まるようにって、言われていたんだった。
私たち商会のメンバーは居住まいを正した。緩んでいた空気が、リーダーの登場でピリリと引き締まる。
「早速本題に移ろう。今年は“ゲンキノツボミ”が不足しているせいで価格が高騰している。よって、“ゲンキノツボミ”を原料とする道具も高騰している」
「はいはい。“すごいキズぐすり”とか“すごいカンポーやく”“げんきのかけら”ですよね?」
「その通りだ、新人。その他何点か、生活で使う道具や材料が不足していてるようだ。買い取りは積極的に行うこと。でも、きちんと状態を見極めて適正価格で取引することを忘れずに。迷う場合は他の仲間に確認すること。いいね?」
はい、と皆の返事が重なった。
「購入制限を設けた方がいいかもしれない。その辺りは相談する。今から呼ばれた人はこの場で待機。その他は指示があるまで今日の仕事の準備。まだ商いは始めないで。じゃあまず――」
ギンナンさんは相談メンバーにウォロを挙げた。うーん、やっぱウォロは信用されているんだな。成績もいいしなー。でも、適度にどっかでサボって、色々企んでるかもだしなあ……。
〈紅蓮の湿地帯〉の一件があってから、私の教育係はギンナンさんになった。たまにツイリさん。その他、古株の先輩方。ウォロと組むことはなくなり、たまに顔を合わせる程度になってしまった。
つまり、ウォロが何をしているのか、分からないのだ。焦る気持ちはあるものの、下手に動けばウォロと組む機会が遠のいてしまう。
仕事場所が近いときや休憩時間を狙い、今日も今日とて「おもしれー女」をやっているわけだけど……。手応え、あるのかなー。
たまに自信がなくなるけれど、その度に自分を奮い立たせている。
諦めなければなんとかなる。はず。
私、この世界が好きだから。
そして、主人公ちゃんたちがいらぬ苦労をしないよう、原作を改変するぞ!
ウォロをそっと盗み見て、私は部屋を出る。
さ、仕事の準備だ!
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