不死鳥のごとく、燃え上がれ㉑

「おれは、かつてフレア団の準構成員でした」

 プリズムタワーの異変が解決して、数日が経とうとしていた。

 ヌーヴォカフェは今回の異変で被害に遭った人のために、炊き出しを行っていた。一時的に居場所をなくした者のために、救いの手を差し伸べている。

 はそこから少し離れたベンチに座り、グリの過去を知った。

 もカロス地方で生まれ育ったので、5年前の件は知っている。当時、フレア団の活動やボスのフラダリについて、連日マスコミが報道していたことを覚えている。

 けれど、いつの間にかテレビでその話題は出なくなり、いつもの日常に戻っていった。構成員たちの行く末を気にしていた者は、当時からどれだけいただろうか。

「……軽蔑しますよね」

 グリは自嘲するように笑った。ヌーヴォのコーヒーカップのマークを見つめて。

「世界を美しいものにしたい。その気持ちは、本当だったんですよ」
「……」

 今のグリは、「フレア団ヌーヴォ」という組織のボスだという。カフェの経営をしているのも、名誉挽回のための活動らしい。

「何故、今打ち明けたのだろうと疑問に思ったでしょう? 秘密にしていればよいのに、とね」

 グリはカップから視線を移した。その先には、今回の一件で大きく姿を変えたプリズムタワーがあった。鉄骨が剥き出しの、けれど植物で埋もれた、新しいタワーが――。

「おれは、この街を救ったキョウヤとの戦いを経て、色々考えました。過去は一生ついてまわるし、おれたちがどんなことをしても、許せないと非難する人はいます」

 グリの声は、少し震えている。

「……大事なことは、おれがどうしたいかです。周りにどう思われてもいい。そう、助けたいから助ける。それだけのことです」

 グリの赤い瞳が露わになった。じっとを見つめている。

「おれは、きみに知ってほしい。だから明かします。おれの過去を。おれという人間を……」

 グリの手は震えていた。

「その上で、きみはまだ、おれを好きだと言えますか……?」

 はグリから視線を逸らさなかった。
 
(私に拒絶されると思っているんだね……)

 ショックを受けていないと言えば嘘になる。彼は危うく世界を滅ぼそうとした組織にいたのだから。

(けど、話を聞く限り、『悪』のひと言で片付けていい問題じゃないみたい。少なくとも、美しい世界の実現というのは素敵なこと、だよね)

 目的は皆、同じだったはずだ。しかし、一部の人間が暴走して、5年前のようなことになったのならば……。
 フレア団という色眼鏡を外して、グリ自身を見つめたい。

(それに、グリさんの話を聞くと、彼も彼で苦労してきたみたいだし……)

 そんな彼が、新しい組織の中心で、名誉回復のために奔走している。責める気にもなれない。

(確かに過去は消せない……。けど、私は今のグリさんを知っている。そして、これからのグリさんを知りたいんだ)

 グリの横顔を眺めながら、はかけるべき言葉を決めた。

「グリさんは、私をやっぱり舐めてますね」

 ぎょっとしたようにグリが振り返る。その様子がおかしくて、はちょっと笑った。

「あのですね。そんなことくらいで、嫌いにならないですけど」
「そんなこと――フレア団を、そんなことと言うのですか」
「私の好きの前では些細なことです」

 は立ち上がって、グリの前に回り込んだ。

「自分で言うのもなんですけど、私の愛って、大きくて重いんですよ。好きな人の間違った過去くらい、包んでみせますが」

 グリは何度もまばたきを繰り返した。

「……分からない。どうしておれにここまで好意を寄せてくれるんですか」

 グリの顔には「疑問」と「困惑」が貼り付けられている。
 は少し考えて答えた。

「なんか、理由が薄いって言われそうなのですが……」
「はい」
「顔が好きなんですよね」
「……」

 グリは押し黙った。伏せた睫毛が少し揺れている。

「笑った顔が好きなんです。グリさん自覚ないと思いますけど、微笑みながらコーヒーを淹れてる姿はとてもカッコいいんですよ」
「おれの、容姿が……?」
「正直、おじいちゃんになってもタイプだと思います」

 はニコリと笑った。

「声も好きです。接客の時の声と、リザードンにかける声が全然違います。それが私に向けられた時はどうなるのかしら、と想像してドキドキします」
「声……」
「それに、ちょっと意地悪なところも好きです。思いやりのあるところも好きです。打算だとか言ってるけど、非情になりきれないんだろうな、……ってところも好きです」

 グリの顔色が僅かに変わった。

「とにかく、グリさんの全てが好きなので。存在していることが、素晴らしい」

 ここまでが言ったところで、グリは眼鏡をずらし、丁寧に眉間を揉んだ。

「ひとつよろしいですか」
「どうぞ」
「……もしかして、おれはとんでもない人に好かれたのでしょうか」

 は短くうなずく。

「そうですねえ。嫌いって言われても、あなたにまとわりついてますので……」
「……たしかに……」
「多分、私という存在が、グリさんの人生におけるコーヒーの苦味なんですよ」
「きみは苦味でいいんですか……?」

 呆れた様子のグリである。首を横に振り、やがて、観念したようにへ打ち明ける。

「正直、おれはさんの好意を素直に受け入れられません」
「……はい」
「でも、きみが他の人に『好きだ』と言う姿を想像すると……。おれの中に、炎が生まれるんです。灰になった全てから、まだ燃え上がるものがあるようです」

 グリは腕を伸ばし、の手を掴んだ。

「時間はかかると思います。それでも、おれのために、好きだと言ってほしい」
「もちろん」

 はグリの手を握った。

「嫌いと言われても、あなたを想う私の気持ちの偉大さに、恐れおののいてください」

 それから、とは続ける。

「歌ってもいいですか?」

 じんわりと胸の奥に宿る熱は、音になって飛び出したがっている。

「歌えばもっと、グリさんに愛を伝えられるかも」
「ええ、どうぞ。おれへのラブソングですね」
「そうですよ。あなたのために」

 この気持ちを、歌にして。

「祈るように、歌いましょう」

 の歌声が広場に響き渡る。
 故郷を想う人の歌。寂寥と哀愁の歌。
 そして、未来を願う歌。

 ヌーヴォカフェに集った人たちが、の歌声に聴き入る。

 優しく澄み切ったの声は、ミアレの青空へ溶けていった。


【終】