不死鳥のごとく、燃え上がれ⑱
そんな過去の記憶を思い出し、は母への祈りを終えた。
「また来るね」
今日は予定がかなり詰まっており、ミアレシティはすっかり夜の気配に包まれていた。街灯は輝き、ホログラムの囲いの向こうでは、ゴーストタイプのポケモンが活動を始めていた。
「よし、帰ろうか」
ボールの中のチルットに声をかけ、はシェアハウスへの帰路に着く。
グリに嫌いだと告げられた日から、かなりの時間が経っていた。
(今日もカフェヌーヴォ、寄れなかったな……)
あれから風邪を引き、スクールを休む羽目になり、その間に溜まった課題を消化し、バイトにも精を出し……と、は忙しい日々を送っていた。
時間がなくて、あの時貸してくれた傘と上着は、まだ返せていない。
(グリさん、元気かなあ)
好きだと直接伝えるのは、もうやめようと思った。
(何か違うアプローチを考えよう。手紙を渡すくらいならいいかな。デウロに相談しよう)
自分の気持ちは変わらないと伝えたい。
また、グリが淹れたコーヒーを飲みたい。
バーで歌ったあの歌を口ずさんだ直後だった。
突然、地面が突き上げるように強く激しく震えた。
地震だ、と思う間もなくはバランスを崩し、揺れる地面へ尻もちをついた。
「いった……!」
揺れは一度でおさまったが、通行人たちが口々に「タワーが!」と叫んでいる。はプリズムタワーの方向へ視線を向けた。
「なに、あれ……」
タワーが怪しく輝いている。街で見かける“メガ結晶”のような色味だが、なんだか禍々しいもののように思えた。
(動画で見たことがある……。メガシンカの光に似てるけど、違うのかな?)
「チルルっ!」
のチルットがボールから出てきて、励ますようにの頭を撫でた。ふわふわの羽毛が、少しだけざわざわした気持ちを落ち着かせる。
「ありがとう、チルット」
ミアレシティで一体何が起きているのだろう。はざわつく心臓を懸命に抑えつけ、よろよろと立ち上がった。
***
プリズムタワーの光は一度、収まったように見えた。
しかし、地面がまた揺れ始め、タワーがひと際強い光を放ちながら、生き物のように蠢き始めたのだ。
「あれはなんだ!?」
「助けて! 足場が崩れてきて――」
途方に暮れる人、泣き出す人、助けに向かう人。
ヒヤップたちが目の前を横切り、ヤヤコマの群れが一斉に空へ散った。
先程まで当たり前だった光景が、一瞬で失われた。
(どうしよう……避難した方が、いいわよね?)
歩き出したの足が止まる。どこへ行けばよいのだろう。果たして、今のミアレシティに安全な場所があるのだろうか。
チルットを抱きしめて、は周囲を見渡す。そこで、視界の端に影を捉えた。
「なに……」
空から何かが飛んでくる。ポケモンの群れだ、と認識した直後、嫌な予感がして、は走り出した。
あのシルエットは、恐らくカイロスだろう。
それも、メガシンカした個体の――。
襲われる理由もわからず、はひたすら走った。心臓が跳ね、肺が悲鳴を上げる。足を止めれば全てが終わるだろう。
「チルっ!」
チルットが【チャームボイス】を繰り出すが、相手は空を飛んでいる。チルットの技は届かない。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
瓦礫を避け、ひび割れた地面を飛び、は走る。自分がどこを走っているのか、もうよく分からなくなっていた。
後ろを振り返ると、ちょうどメガカイロスが技を放とうとしていた。
瞬間、は右へ飛び退いた。間髪を入れず技の衝撃が走り石畳を抉っていく。は肌が粟立つのを感じた。
(どこか隠れられるところへ!)
前を向いた直後、
「いやあっ!」
は急停止した。目の前にメガカイロスがいたのだ。
「チルルルっ!」
チルットがを庇うように前に出た。しかし、逃げ道を塞ぐ大量のメガカイロスを目の当たりにして、チルットは力なく鳴いた。
「ああ……」
心臓がぎりりと痛んだ。
メガカイロスの羽音がやけに耳にまとわりつく。
無慈悲な黄色い目がたちを捉えている。逃げる隙はなさそうだ。は初めてポケモンが恐ろしいと感じた。
じりじりと包囲を狭めるメガカイロスたち。
逃げ場は、もうない。
は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。チルットを背後から抱きしめ、目をぎゅっと瞑る。
(こんなことなら、グリさんに会いに行けばよかった)
あの優しい顔を見たかった。
お気に入りのコーヒーを飲みたかった。
(もう一度だけ、グリさんに)
好きだと――。
「何もかもを燃やし尽くせリザードン、【フレアドライブ】!」
は弾かれたように目を開けた。
熱い炎の塊が、ことごとくを蹴散らしていく。黒と青の身体を持つポケモンが、たちの盾となる。
「【エアスラッシュ】!」
どこからか飛んでくるトレーナの的確な指示により、メガカイロスは全て地に伏した。