不死鳥のごとく、燃え上がれ⑯

 彼女から見たら、きっとグリは恐ろしい男に見えただろう。まさか、あのあと追いかけてくるとは思わなかった。
 気になって戻れば、彼女は雨に打たれていた。

(風邪をひいてなければよいのですが……)

 早く帰してやりたかった。これ以上、自分に心を砕いてほしくなかったのだ。

 あの日、彼女は引かなかった。それどころか……。

 ――グリさんは私を舐めてます!!

「ふっ……」

 ふいに蘇ってきた言葉に、グリは思わず噴き出した。

「なっ、なんだよ。いきなり笑い出して……」

 グリーズが1歩後退した。文字通り引いている。

「いえ、思い出し笑いです。失礼しました」
「おまえ、全身びしょ濡れで帰ってきた日から少しおかしいぞ……? 風邪ひいたんじゃないのかよ」
「大丈夫。風邪ではないですよ」

 口元を押さえているが、グリのにやけっぷりはおさまりそうにない。

(心の風船が、とか色々面白いことを喋る人でしたが……あれは、本当に……)

 ――私は絶対、ぜーーーーったい! あなたが変わらず大好きです!

 あの言葉を聞いた時、グリは思った。思ってしまった。

(おれはきっと、幸福な人間なんだろう)

 おれなんかを愛してくれる人がいる。

(人の心は変わっていく。もしかしたら数ヶ月後、彼女は誰かに愛を向けているかもしれない)

 けれど、一度はこんな自分に「好き」と言ってくれる人がいた。それだけは、確かなことだった。

「さっきの話ですが。会いたいかはともかく、さんは、この先来ないと思いますよ」
「ふーん? なんで……って、いやまあ、さすがのあいつもそこまで図太くないか。2回も断ったしな」

 グリーズはキッチンカーからグリを見上げた。

「なんでもいいけどさ……世界を救うのは忘れてないだろ」

 その声には、静かに燃える闘志が秘められている。

「ええ。忘れませんよ。……忘れるものか」

 グリは目を細めて、夕陽に照らされたグリーズを見つめた。
 グリーズも無言でグリを見つめ返す。

「……。ならいいや」

 グリーズはにやりと笑った。
 すると、タイミングを見計らったかのように客が彼女を呼んだ。

「呼ばれてますよ」
「ったく、しょうがないな」

 グリは微笑みながら同志を見送った。
 網膜に焼きつくような夕焼けが、プリズムタワーを赤く染め上げる。

(元の日常に戻っただけです。さんのいない、あの日常が)

 ヌーヴォカフェが差し出したあの手を、もう必要としなくなった。そう思うことにした。




 夕焼けの気配はすっかり消え、街灯に灯りが点いた頃。

「注文いいですか」

 作業の手を止め、グリは声のした方へ振り返った。

 キッチンカーの前にひとつの影がある。
 緑と黒のジャケットを羽織った、MZ団の少年だ。破竹の勢いで「ZAロワイヤル」のランクを上げているようだ。名前は――。

「キョウヤ!」

 グリーズが少年の名前を呼んだ。

「うちは立地だけで勝負してるのに、またマズいもん飲みに来たのか?」

 キョウヤがグリに声をかけるのは初めてのことだった。

「注文でしたら彼女にお願いします」

 常連の彼が注文の仕方を忘れたわけではあるまいと、不思議に思っていた矢先、

「注文はグリです」

 キョウヤは短く、しかし力強く答えた。

「ランクアップ戦です」

 とうとう来たのか、とグリはキョウヤに微笑んだ。あのZAロワイヤルのプロフィール写真からよく辿ってきたものだ。

 この街には腕のいい探偵がいるし、研究所にはフレア団時代のあの人物もいる。情報源には見当がついた。

(あのAZといる彼ならば、おれたちの目的と真実を告げるべきだ。グリーズと話し合って決めたことだ)

 現状、目的達成の障害となるであろう人物だ。

「面白いですね……!」

 ヌーヴォカフェのマスターは仮の姿である、とグリは告げる。

「ZAロワイヤル、現在トップのBランカーにして、フレア団ヌーヴォのボス。それがこのおれ……グリです」