不死鳥のごとく、燃え上がれ⑫
「……?」
くぐもった雨音。濡れない肩。
は恐る恐る顔を上げた。
「グリ、さん……」
紺色の傘をグリが差し出してくれていた。
先程とは違い、どこか頼りなく視線を泳がせているように見える。
嬉しいと思うが、向こうは自分に怒っていたはずだ。どう声をかけていいのか分からず、は黙ってグリを見つめるしかなかった。
「……風邪、ひきますよ」
弱々しい、グリの声。
「これ、どうぞ」
「でも、グリさんが濡れて……」
の声が聞こえていないのか、グリは半ば強引に傘を押しつける。そして、「すみません、気休め程度ですが」と、断りを入れ、脱いだジャケットをの肩に掛けた。
ふわり、とコーヒーのような、香ばしくて深みのある匂いがして、胸がきゅうと苦しくなった。
「すみません。あなたをこのような目に遭わせるつもりはなく……。追いかけてくるとは思いませんでした。もう、戻ってください」
は首を横に振った。
「いえ……。グリさんも、戻りましょう。そこで、話をしましょう。きっと、誤解があるんです」
今度はグリが首を横に振った。2人の間に沈黙が落ちる。
雨が、グリのシャツを容赦なく濡らしていく。
彼の髪の色だけが妙に鮮やかに映った。
朱に混じった、白いメッシュ。
露わになった、赤い瞳。
(灯火……、ううん、炎みたい)
その色に心を奪われかけて、は我に返る。今は彼に見惚れている場合ではないのだ。
(どうして、バーにいたの。どうして、怒っているの。どうして、逃げたの)
どうして――。
(どうして、私に優しくしてくれるの。あなたは告白を断ったのに……)
数々の「どうして」が洪水のように溢れ出して、口をついた。
「どうして……グリさんは……」
「あのバーの経営者と知り合いなんです」
グリがの言葉を遮った。
「さんはご存じですか。昼はカフェ営業なんですよ」
「そう、でしたっけ……」
「同業者とは交流や情報交換を頻繁にしていまして」
「なる、ほど……」
「顔を見せたら、まさか、きみがいるとは思いませんでした」
グリの口調が冷たく感じる。の告白を断った時よりも。
「さんの歌、素晴らしかったです」
それでも、褒められたら嬉しいもので。はしっかりとグリからの賛辞を記憶した。
「そういえば、歌手を目指されていたんですよね。カフェで、夢を語ってくれましたよね」
「はい」
(ラブレターを読まれてしまったみたいだわ。変なの、何回も面と向かって告白してきたのに)
は、グリから借りたジャケットをそっと握った。
「さっきの舞台。さんは、間違いなくミアレ1の歌姫でした。誰もがきみの歌声に恋をしていたでしょう」
たくさんの人に囲まれ、賛辞を贈られ、夢は現実になっていくだろう。
「きみの未来は、輝いています」
彼は一瞬、目を細めた。
「青春の真っ只中にいるきみが、おれには、眩しいです。燃えて、燃え尽きて、灰色になったおれの青春は――」
最後の方は言葉にもならず、の耳には届かなかった。
「だから、おれなんかに、好きだと言わないでください」
彼の拳は震えている。
「……おれは、きみが嫌いだ」
グリの頬を伝って、雨の雫が流れていった。