不死鳥のごとく、燃え上がれ⑪

「グリさ、ん……?」

 異様な雰囲気だった。赤い瞳が、を睨む。冷たい空気を浴びせられ、浮き上がった気持ちが急激に萎んでいく。

(こんな人、知らない)

 カフェのマスターの姿はそこにはなく、得体の知れない“何者”かに見えた。

(多分、怒ってる。理由が分からない。私が、ここにいるから? 歌ったから……?)

 はゴクッと唾を飲み込んだ。じわり、と目に涙が浮かんで、グリの姿が曇っていく。

「……あの、知り合い、ですか?」

 ここで、バーテンダーがに訊ねた。

「――う、うん。そうです……カフェの……」

 涙声になって、上手く答えることができない。
 すると、グリがハッとなってバーテンダーとを交互に見やる。

「……すみません、おれは――」

 それだけ呟いて、グリはたちの目の前から去ってしまう。

(何で逃げるの!?)

 は慌てて立ち上がった。先程向けられたあの視線のせいで、少しだけ手が震えている。

 けれど、今ここで追いかけなければ後悔する、と直感が告げていた。

「まっ、待って! グリさん!」
「あっ! えっ、どこ行くんです!?」

 呼び止めるバーテンダーの声を背に、は迷うことなくグリの背を追った。


***


 は必死でグリの背中を追いかけていた。滝のように降る雨の中、傘も差さずに。

「待って! グリさん、待ってってば!」

 グリは振り返らない。むしろ、早足になって、路地の向こうへ消えようとしていた。

「グリさんっ」

 堪らずは駆け出した。水溜まりが跳ねて彼女の足元を濡らす。

「――あっ」

 履きなれない靴が石畳の隙間に足を取られ、身体が前へ投げ出された。冷たい地面に触れた両手と両膝に鋭い痛みが走る。うっ、と息が詰まり、はその場にうずくまった。

 激しい雨が、の全身を打っている。

(どうして怒ったんだろう。話をしたかったのに……)

 今からでは、もう追いつけない気がした。

 全身の力が、くたり、と抜けた。

 は俯いたまま、規則正しく配置された石畳の模様を見つめていた。カーテンのように垂れた髪を伝って、雨粒が石畳にできた水溜まりへ吸い込まれていく。

 冷たい雨が肌に打ちつけ、体温をごっそり奪っていく。震えが止まらず、は自身の肩を抱きしめた。




 屋根を叩きつける雨の音に混じって、パシャパシャと水溜まりをかき分けるような足音が聞こえる。

(誰か、こっちに来てる)

 俯いた視界の端に、黒い靴が見えた。