不死鳥のごとく、燃え上がれ⑩
(歌い切ったわ!)
がほっとしたのも束の間、店内は割れんばかりの拍手でいっぱいになっていた。
「素晴らしい!」「どこであの子を見つけてきたの」という声が聞こえてきて、の目頭が熱くなる。緊張が解けて足元がふらついたが、腹に力を入れてなんとか耐えた。
雨あられの拍手喝采に包まれながら、は観客たちにお辞儀をした。伴奏者への礼も忘れない。この賞賛は、彼なくしては成立しなかっただろう。
ステージから降りたを出迎えたのは、例の男子学生と、にメイクを施した女性スタッフだった。
「やっぱり君ってば最高だ! ね、先輩。俺の目に狂いはなかったでしょ!」
「あなた、本当にすごいわ! こんなに盛り上がったの久しぶり! うちの専属になったらいいのに」
2人の勢いに圧されつつ、は「でも、ちょっと声が出なかったところもあったし……」と反省点を口にした。
「何言ってんだよ。あそこまでやれたら上出来だよ!」
「そうよー。ほら、店長が好きな飲み物奢ってあげる。何がいい? うちのバーテンが好きなカクテル作ってくれるって」
「先輩、は俺と同じく未成年ですよ」
男子学生がの手を取った。
「ほら、こっち」
「あ、うん……」
気が抜けてしまい、頭が回らなかった。言われるままにカウンターの席に座る。
「モクテルがいいよな。何が好き? ザクロベース、ミントベース、オレンジベース……」
畳みかけるように繰り出される聞きなれない単語たちに、は瞬きをすることしかできなかった。
「おいおい。あんまり急かしてやるなよ」
カウンターの向こうで、バーテンダーがたちの会話に割り込む。の動揺を悟ったらしい。その声には、男子学生を窘めるような響きを持っていた。
「急かす奴は嫌われるぞー。女の子口説きたいなら、もうちょいスマートにいけっての」
「や、やめてくださいよ! とはそういうのでは……」
男子学生の声はの耳では拾えないほど小さくなり、
「あの、その……、今日の君、ミロカロスも顔負けの美しさ、だから……」
と、顔を真っ赤にしてしまっていた。
「あー。いや、何でもない。とにかく、好きなものを頼んで。俺、ホール戻ります」
「あっ……」
逃げるように去ってしまった彼の背中を、は見送るしかなかった。
(えーと、彼は恋をしているのよね……私に?)
店内の間接照明が一瞬だけ明滅した。
これまで特に気にも留めていなかった彼の言動が、一本の線になって繋がっていく。は思わず口を掌で覆った。
「……ミロカロスって。さすがにポケモンに例えるのはなしだろ」
バーテンダーは呆れたように呟いたあと、へ話しかける。
「さて、お客様。何がよろしいですか。疲れているなら、甘いものでも。ひと仕事終えられましたからね」
は短くうなずいた。胸のざわめきを押し流すように。今は、とにかくモクテルを味わってみたかった。
「甘いものでも……って、何がいいのかしら。私、こういうところ、初めてで」
バーテンダーは、そうですねえ、と人当たりのよい笑顔を浮かべた。
「好きなものはありますか。お好きな色をおっしゃってくれたら、そこから作りますよ」
「まあ、すごい。じゃあ……」
「……コーヒーですよね」
聞き覚えのある声だった。は弾かれたように横を向く。
「あれっ、どうして……」
一瞬、願望が聞かせた幻聴だと思った。けれど、好きな人の声をが間違えるはずもない。
「さんの好きなものはコーヒーですよ」
そこにいたのは、私服姿のグリだった。
冷たく刺すような眼差しで、自分を見下ろしている――。