不死鳥のごとく、燃え上がれ⑨

 端から端までは10歩にも満たないほどの、小さなステージ。そこに、スタンドマイクとアップライトピアノが押し込められている。申し訳程度のスポットライトが、孤独なマイクを照らしていた。

 は大きく胸を張って、ステージへ登壇した。

 マイクの前に立つと、スポットライトのせいか、妙に客席が近く感じた。意外に客との距離が近く、手前に座る男性客と視線が合う。こちらを値踏みしているようにも感じたが、表情からは判断がつかなかった。

 が胸元に手を当てると、指がパールのネックレスに触れた。広場の露天商から買った安物だが、ライトの光を浴び、本物のように輝いている。

 何度目か分からない深呼吸のあと、はピアノの伴奏者に目配せをした。

(緊張は収まらないし、手はちょっと震えてるし、足なんか笑っちゃいそう……)

 けれど、自ら決めたのだ。
 このステージでは、あの歌を歌う。
 彼へのラブソングを。

(グリさんに、届きますように)

 マイクが、小さな呼吸音を拾う。

 小さな唇が、母音の形を作った。




 それは、告白できなかった男女の歌。

 女性視点で紡がれる、バラード調のラブソング。

 それぞれの未来のため。
 あなたは今日、ミアレシティを去る。
 好きだと伝えられないまま、私はあなたを見送るしかない。

 どうかあなたの道行く先で、私を探してほしい。

 花を見るたび、思い出して。私があなたに教えた花言葉を。

 星を見るたび、思い出して。私があなたに教えた星の名前を。

 太陽を見るたび、思い出して。あなたが好きだといった私の笑顔を。

 私もこの街であなたの面影を探すから。

 あなたの好きなコーヒーを飲みながら。

 いつものカフェで、あなたを想うわ。

 あなたの行く道に光があれ、と。


 音が連なり、重なり、調和を生み出す。

 の透き通るような歌声は、どこまでもどこまでも伸びる。高音は然ることながら、終わりの一音一音までを丁寧に歌い上げていた。

 ふと視界に入ったカップルが、会話を止めてこちらを見ていた。会話に集中していた男たちが、ひとりで酒を楽しんでいた女が――の歌声に聞き惚れていた。

 真に迫るような表現が、観客たちの鼓膜を震わせる。

 ああ、楽しい、と心が歌う。

 風船の中身は歌のためのエネルギーとなって、音符の形をとって、外の世界へ飛び出していく。

(私はグリさんが好きなんだ。それは、変わらない事実。私のことを好きになってほしい……)

 けれども、この歌の根底にあるのは、相手の幸せである。

 は、初めてグリと出会った日のことを思い出す。

(グリさんには、そんなつもりないって分かってる。……私が一方的に思ってるだけ。けれど、私の幸せを願う言葉を、かけてくれたんだ)

 だから――。

(私は、グリさんに幸せになってほしいんだわ。たとえ、私の気持ちを受け取ってくれなくても……)

 自覚した途端、の歌声は一段と美しくなり、店の隅々まで響き渡った。