不死鳥のごとく、燃え上がれ⑦

 窓の向こうでは細い糸のような雨が降り続いてる。こういった日は、雨を喜ぶように揺れるヌメラを見かける。ゆらゆらとメトロノームのように。

 本来なら、ヌメラが水溜りを跳ねる音や、雨粒が屋根を叩く音が聞こえるはずなのに、ここにはまったく届かない。店内の喧噪が分厚い緞帳のように、全てを覆い隠してしまっている。

(バーって、静かにお酒を飲む所ってイメージだったけど、意外と違うのかしら)

 店によって違うのかもしれない、とは思った。

 店内の照明はやや暗く――シャンデラの火の方がもっと明るいと感じる――大人の秘密の社交場といったような、非日常感が強まる。は心細さから、控室へ逃げ込んでいた。

(本当に、私でよかったのかな。ちゃんと歌えるかな)

 そわそわして落ち着かない。大勢の前で歌ったことはあるが、それは学内での発表会のみ。観客は講師と生徒で、ほぼ身内みたいなものだ。
 知らない場所で、知らない客の前で歌うというだけで、声の出し方さえ分からなくなりそうだった。

 震える手を胸元の前で握りしめた時、

「緊張してる?」

 は男子学生から声をかけられた。白シャツにエプロンという、動きやすいホールスタッフの服装だ。

「うん。バーで歌うのは初めてだから」

 数時間前――。は、同じクラスの男子学生からバーで歌ってくれないかと懇願された。 バイト先のバーの専属歌手が体調を崩したため、急きょ代打を探しているという。本番は2時間後。

「俺の友達は予定が空いてないし、他に頼める人がいなくて! 君がクラスで一番上手いし、先生からの評価も高い。だから――」

 選曲はお任せ。報酬も色を付けるという。
 つむじが見えるほど必死に頭を下げれて――は、一も二もなくうなずいた。これも、歌手になるための経験だと思うことにして。

「でも、本当に私でいいの? 代わりなんて務まるかしら……。ここのお客さん、いつもプロの歌を聴いてるんでしょう?」
「いいに決まってるよ。ここ、プロじゃない人も普通にステージ立つし」

 男子学生は自身の胸を軽く叩いた。

「自信持てよ。ここで歌う人たちに負けないって。ここで働いている俺が保証する」
「そう言ってもらえると、嬉しい。ありがとう」

 笑顔でお礼を述べれば、男子学生は頬をほんのり赤く染めた。

「今日のさん、いつもより大人っぽいな。なんていうか、その……すごく似合ってるよ」
「ワンピースのせいかな。ミアレに来る前にお母さんから貰ったの。パーティーに行くことがあるかもって……まさか今日着るなんて思わなかったよ」

 は照れ隠しに、ワンピースの裾を少し摘まんだ。

「もしかして、メイクも変えてる?」
「正解。ここの女性スタッフの方にしてもらったの」

 女性スタッフから服に負けていると言われ、ささっとメイクを直してもらった。鏡に映るの顔は、いつもより大人っぽく見えた。

「ああ、あの先輩か。あの人、面倒見がいいからなあ……」

 思い至ることがあったのか、男子学生はポリポリと頭をかいた。

「すっごくいい人だった。『世界一の大スターって風格よ! 堂々としていればトチっても大丈夫。皆、お酒に夢中だし』なんて励まされちゃった」

 遠くで、店内では聞こえなかったはずの雨音が響いた。

(これ、拍手の音だ……)

 途端、緩んでいたはずの緊張が一気にの身体を襲った。