閑話2:相澤先生視点 - 1/3

ロリコンじゃない

 これは、イシュカの教育係になって3ヶ月が経った頃の話だ。

「……誰だお前」

 職員室に女児がいた。5~6歳くらいか。明らかにうちの生徒ではない。
 その顔、見覚えがあるな。
 イシュカの席に座っているということは……。

「もしかしてお前、イシュカか? 何で若返ってんだよ」
「“個性”のせいです!」
「はあ?」

 イシュカから“個性”の「スライム」について色々説明を受けた。
 分身すると若返る? そんなの、ありなのか?

「スライム状態だと見た目変わらないんですけど、分身して人型に戻ると、若返るんですよ。不思議ですよね」
「それはそれとして、何で分身したんだよ」
「あー、分身してません。暑くて……」
「はあ?」

 イシュカの“個性”は水分量が重要らしい。夏場は油断しているとすぐに水分が足りなくなるそうだ。

「今日は野外で実施訓練だったんですが、生徒たちに『熱中症に気を付けて、水分補給忘れないで』って声かけをしていたら、自分のことが疎かになってしまい、こうなりました……」

 危うくイシュカが熱中症になるところだったらしい。

「非合理だな……」
「返す言葉もございません」

 しおしおと項垂れるイシュカ。こいつ、本当にプロヒーローか?

「見ててください、って4月に啖呵切ったのは誰だよ。お前、そういうところだぞ」
「はい……」
「『教師に向いてない』っていう、俺の判断が間違ってるって言ったのは?」
「はい、私です! でも、まだまだこれからなので!」

 握り拳を作るその姿がとても可愛――いや、違う。今のイシュカは園児くらいの外見だ。そのせいで可愛いと思ってしまうのだ。
 俺は頭を抱えた。違う、俺はロリコンじゃない。

 子どもは可愛い。だが、イコールでイシュカが可愛いという式になるのはおかしいだろ。

「イレイザーさんどうしました?」
「何でもない」

 上目遣いをやめろ。お前、いつもより背が小さいんだぞ。今座ってる椅子も、背が足りなくて床に足がついてなくて、そこも可愛――違う、そうじゃない。

 暑さのせいだ。これは、暑さのせいに違いない。今日の俺は変だ。

「早く戻れよ、イシュカ
「え? あ、はい! 今、水をがぶ飲みしているところです!」

 これ以上こいつと話していると、俺の気力がごっそり持っていかれる。俺は自分の席に着き、次の授業の準備を始めることにした。

「ヘーイ、暑さにバテずにやってるかー? ……って何でここにリトルガールが!?」
「あ、マイクさん! 私です、イシュカです!」

「あら。誰、この子? いつ保護したの?」
「ミッドナイトさん! イシュカです!」

「わー、本当に小さくなってる!」
「皆さん、何故私を撫でるのですか……」

「この年頃の子どもって可愛いよな」
「分かります。でも、中身は大人の私なので、そこら辺は忘れないでくださいよ!」

 イシュカの席は俺の向かい側だ。子どもの姿になっているイシュカが珍しいのか、あるいは子ども好きの奴が多いのか、職員室にいた教師が入れ代わり立ち代わりで集まってくる。気が散ってしょうがない。

「……」
「――あ、すみませんイレイザーさん。早いとこ元に戻るので……!」

 イシュカと目が合った。無意識のうちに眼光鋭く睨んでいたらしい。イシュカは申し訳なさそうに縮こまり、いそいそと椅子から降りた。歩くときに「ぽてぽて」という効果音をつけたら似合いそうだな。……いや、そうではなく。

 人がある程度引いたので、俺はイシュカの前へ移動する。

「――イシュカ、どこ行くんだ」
「え? 普通科の生徒が使っているプールに行こうと思います。経口摂取よりは遥かに早く、合理的に水分を取り入れられるので」
「その身体では、辿り着くまで時間がかかるだろ。俺が連れていってやる」
「え、いやそんなイレイザーさんのお手を煩わせるわけには!」

 俺はイシュカを抱きかかえた。幼児くらいだから、本当に軽いな。

「もう十分煩わせてる。いいから黙って俺を使え」
「は、はいいい」

 恐縮しきるイシュカだが、見た目が幼児なので罪悪感が湧いてくる。なんだか悪いことをしている気分だ。

「イレイザー。お前、人拐いに見えるぜ」

 マイクの指摘に他の教師が同調する。

「誘拐犯」
「不審者」
「見た目がただでさえあれだから」
「分かる」

 弁解も面倒くさいので、俺は何も言わず職員室を出た。

「すみません、イレイザーさん」
「謝罪はいい。早く元に戻れ」

 イシュカはまるで赤べこのように首を縦に振る。その姿が愛らしくもあり面白くもあり――思わず頬の内側を軽く噛んだ。

 ああ、調子が狂う。

「……いつも通りのお前がいいよ」

 俺がイシュカをプールに連れていく姿は大勢の生徒に目撃され、次の日「イレイザーヘッドが幼児を誘拐していた」「実は幼女趣味だったのでは」という噂が校内に出回った。

「すみません、イレイザーさん。本っ当にすみません!!」

 ああ、本当に。手のかかる新米教師だよ、まったく。

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