よく見ている子だなあ、と思いました。
「恋愛小説は新鮮でした。さんらしいチョイスでしたね」
「面白かったでしょ! まさか主人公が最後に死ぬなんて」
「どんでん返しでした。僕はこのまま、幼なじみと付き合うのかと思っていましたから」
「だよねえ。私、涙止まんなかったもん」
いつものように、図書室で本の感想大会。今回は私が貸した恋愛小説だ。男の子にどうかなって思ったけれど――意外に嫌いじゃないみたい。良かった。この本、共感してくれる人があまりいないんだよね。ネットでも語れる人が少なかったし。
「ところで……さんはああいう告白が好きなんですか?」
「え、何でそんなこと訊くの?」
確かにああいう告白は好き。誰もいない夕暮れの教室で、「好き」と言われるのがグッとくる。しかも、「月が綺麗ですね」を真似て「お前と見ると、夕陽が綺麗だな」なんて。本を読まない相手が、一生懸命ムードある告白を考えた結果だったらしい。あのシーンはまさしく「胸キュン」だった。こういう告白いいなあって、寝てたベッドを転げ回った。
でも、誰にも言ったことはない。どうして黒子君には分かったのだろう?
「そこだけ他のページと違ってよれてましたから。よく読み返していたのかと思ったんです。それで、どうなんですか?」
「あ、合ってるよ。私、あの告白シーン好きなの」
恥ずかしいなあと思いつつ答えると、黒子君は微笑んだ。その笑みを見た途端、心臓がおかしなリズムで音を立てた。
「!?」
「さん。どうしました?」
「い、いや何でもないから! ――くく、黒子君すごいよね探偵みたいだね!」
わざと話を変えて、私の心の中が悟られないように喋り続けた。挙動不審だったかもしれない。私、今までどうやって黒子君と話してたっけ? 自然に振る舞いたいのに、ぎこちなくなってしまう。
最近変なのは自分でもよく分かる。
黒子君を見ると舞い上がって、ふわふわと、とても嬉しい気持ちになる。それは火神君や、この間出会った黄瀬君には抱かない感情だった。
きっと――最近は黒子君と話す以外に楽しいことがないせいだろう。そう、思うことにした。
「そんなことないですよ。それより、この間のスカート大丈夫でしたか?」
「うん。お母さんに手伝ってもらって、シミは免れたかなー?」
黒子君はいつものように変わらず接してくれて(もしかしたら私が変なの気付いてたのかもしれないけど)それがとてもありがたかった。
***
「さん。もうちょっと考えてみてね」
「はい……」
その日の放課後のことだった。
返されたB5の紙切れを見、溜め息を1つ。先輩は「頑張って」と声をかけてくれる。私はなんとか笑いを返し、部室を後にした。
「どこが、ダメなんだろう」
いくら頑張ってもダメだ。どうしたらいいんだろう? これがスランプっていうものなのかなあ、と呑気に考えても心は焦っていて……泣きたくなってきていた。
真空パックの中にでも入ってしまいたい気分だった。死にたいわけじゃない。でも、考える場所が欲しかった。
空の牛乳パックみたいに身体は頼りなくて。歩く度に「ベコッ、ベコッ」なんて音が足の裏から聞こえてきそうだ。
「もう。やめちゃおうかなあ」
空を見上げてなんとなく呟いた。
「さん?」
「わっ!?」
また! また隣に黒子君がいた!
「び、びっくりしたあ……」
「すみません。驚かせないように小声で話し掛けたつもりだったんですが」
「余計に驚いたってば……」
もう辺りは暗い。部活が終わったのだろうか。
「今、部活が終わったんです」
「そうなんだ……あ、この間の」
バスケ部の部室から三々五々、部員が出てくる出てくる。あの時は一斉に注目されて戸惑ったけれど、今は大丈夫だ。ぺこりとお辞儀すると、皆さんの(特に2年生)顔や雰囲気が緩んだ気がした。
その先輩方の後ろで監督さんが黒いオーラを放っている。あ、あれ怒ってんだろうな。案の定、全員に明日の練習が3倍だと告げられていた。可哀想に……。
「ってか、何で相田先輩は機嫌悪いの?」
「さんが原因ですが、さんは悪くないと思います」
「へ?」
「いえ。別に」
どういう意味か聞き返しても教えてくれない。黒子君は相変わらず真顔。何が何だかさっぱりだ。
「それよりさんは元気ないようですが、何かあったんですか」
「何もないよ」
「『やめちゃおうかな』って何をですか?」
ドキッとした。そこから聞かれてたんだ……。
「何も、ないよ」
「……」
無理矢理に笑顔を作って笑ってみせても、黒子君は黙ったまま、私を見つめていた。納得していないのは明らかだった。
数十秒の沈黙の後、黒子君はすぐさま行動に出た。
「――火神君。先輩方、お先に失礼します。お疲れ様でした」
「あっ!」
手首を掴まれ、私は黒子君に引っ張られた。
「おー。お疲れ」
「じゃーなー、黒子」
「何だよ駆け落ちかー」
茶化しながらも見送ってくれる。
部員の皆さんの声が遠くなっていく。黒子君、足が速い。どんどん学校が遠ざかっていく。
「黒子君、手! 1人で歩くから!」
「……! すみません」
校門を抜けて、しばらく歩き続けた後、私の言葉で彼は止まってくれた。そっと手を離してくれたけど、それが名残惜しく感じた。
「痛くありませんでしたか?」
「大丈夫。こっちこそ、ごめん」
私は何に謝ってるんだろう? 口に出して思う。
「黒子君、あの、ね」
「元気がないのは文芸部が原因なんですか?」
単刀直入な質問だった。誤魔化す隙がないように思えて、私はただ、
「――うん」
と返事した。
「教えて下さい。聞かせて下さい」
黒子君は私の心を読み取るのが上手いと思う。いや、私が顔や行動に出やすいだけかもしれないけど。
「詳しくは、えーと……私自身の問題だから。黒子君は気にしなくていいよ。文芸部っていうか、文を書くことがっていうか……」
心の中のもやもやを、素直にまとめて言葉にすることが出来ない。
全部全部、黒子君に打ち明けてしまおうか?
助けて、って縋ろうか?
そうしたら、受け止めてくれるかな?
でも、でも。そんなこと、したくない。
こんな一面があること、知られたくないんだ。
嫌われたくないんだ。
ああ、そうだよ。本当は心の奥で解ってたけど、気付きたくなかったんだ。
この間のことで分かったの。私は本仲間以外にも、彼との絆とか証みたいな、そんな関係性が欲しかった。
だって私は――そう、なんだ。私は、
「ううん。何でも、ないの。ホント……気に、しないで」
「さん?」
「私、その。本当に困ったことになったら、ちゃんと黒子君に相談するよ。今は大丈夫。ホントだよ!」
だって私は、黒子君が好きなんだ。
好きな人には嫌われたくない。嫌なとこを見せたくない。
だから私は中途半端に嘘をついた。
嘘で取り繕って、
私は、黒子君に笑ってみせた。