嫌いになりたい①


  

 アラームの音で目が覚めた。

「寝ちゃってた……」

 朝の8時。休みの日は、いつもこのくらいに起きてる。

 ダンデの帰りを待つつもりだったのに。眠気には勝てなかったようだ。……結構図太いな、私。昨日あんなことがあったのに。

「そうだ、ダンデ」

 ダンデ、がっかりしてないかな。帰ってきたら私が先に寝てて肩透かしを食らったに違いない。だってダンデ、私の頬にキスしたくらいだし。こう、色々私と話すことを期待してたんじゃないな、と思う。

「……手紙のこと話さなきゃ」

 帰る手段が分かったって教えなければ。ジラーチの短冊で帰れるかもしれないって。

 おばあちゃんの手紙と短冊は、寝室の箪笥に仕舞ってある。念のため確認したら、しっかりあった。夢じゃなかった。

 正直、これは話したくない。ダンデに帰ってほしくない。また私は、独りになる。家族のいない寂しさに押し潰されてしまいそうになる。

 ずっと傍にいてほしい。

 でも、今はともかくダンデに挨拶。あと、先に寝ちゃってごめんって謝ろう。

 私は意を決して寝室のドアを開けた。

「おはようダンデ! 先に寝ちゃってごめ、」
「おはよう!! !!」
「まぶしっ!?」

 ま、眩しい! 眩しい!!

 目が焼けるどころの騒ぎではない。なんだあのキラキラした生命体は!? 太陽の擬人化か? いや太陽神か?

 ジムリーダーやチャンピオンの夏のカレンダーが作られるとしたら、ダンデは8月に採用されるだろう。そのくらいのキラキラ笑顔と爽やかさ。

 おまけに「キミが愛しい」と瞳が訴えてくる。ダンデファンの皆様、ご覧下さい。あれが恋するガラルのチャンピオンです! 熱量がすごい!

「いいんだ。オレも結構長いことリザードンに乗っていたから。帰ってきたのは深夜2時くらいだ。先に寝ていて当然なんだぜ」
「そーだったんだ」

 ダンデはいつものエプロンとポニテスタイルだった。いつの間にか私に近付いてきていて、そっと私の手を取った。

「ん、ダンデ?」
「おはよう」

 何でもう一回挨拶?

「? お、おはようダンデ」

 すると、ダンデが私の手の甲に口づけた!

「!?」

 紳士の挨拶か何か? ドラマでしか見たことない!

、照れてるんだな」
「うぅあ……」
「昨日は夢じゃなかったんだな。……よかった」

 そう、夢じゃない。
 私たちは両想いだ。

「うん。夢じゃないんだよね……」

 ダンデのことは大好きだ。
 家族になってほしい。
 だけど、それは難しい話だ。

「朝食、食べるだろ。準備できてるぜ」
「食べる! あと、朝食のあと話したいことがあるんだけど」
「ああ。オレも!」

 ――恐らく私は、ダンデのその幸せそうな顔を曇らせることになる。

 そう思うと憂鬱だ。


***


「改めて言うが、オレはキミが好きだ」

 ご飯食べ終わってひと息ついたらこれだ。

 今日はリザードンがボールから出ていて、じっと私たちの様子を見守っている。多分、ダンデが昨日のように暴走しないか目を光らせているのだろう。だって、ダンデを見る目が厳しいから。本当に賢くていい子だよね、この子。

「その……、めんどくさいこと訊いても?」
「めんどくさいこと?」
「うん。私のどの辺りを好きになったのかなと」
「理由が知りたいのか」

 私はうなずいた。

「理由か。挙げればキリがないぜ?」
「そんなにあるの?」

 それから、ダンデが1個1個「の好きなところ」を話してくれたが、それは私の羞恥心を煽るだけだった。

 おかしいな。私はそんな、大層な女ではないのだが。

「あとは、これだな。嬉しかったんだ。『チャンピオンのダンデ』じゃなくて『ただのダンデ』を知りたいと言ってくれたことが」

 幼い頃からチャンピオンとしてその座に居続けたダンデは、いつの間にか、チャンピオンとしての振る舞いが当たり前になっていた。

「前にも言っただろう、『ただのダンデ』がどんなだったかを忘れていたと。キミがきっかけなんだ。キミが隣にいてくれたら、オレはきっと、もうオレを見失わない。そう思うんだ!」

 つまり、とダンデは言葉を続ける。

「……キミはオレの居場所なんだ」 

 居場所。

「オレがオレでいられる。ありのままでいられる場所だ」

 ああ、

「オレの恋人になってくれないか」

 でも、それは――

「無理だよ、ダンデ」

 私もダンデの恋人になりたい。

「ダンデのことは大好き。でもね、世界が違うんだよ」

 ダンデの家族になりたい。

「私たちは結ばれない」

 傍にいてほしい。

「ダンデの恋人には、なれない」

 世界で一番残酷な言葉を、私はダンデに突きつけるしかなかった。





「……」

 嫌な沈黙だった。

 ダンデは目を伏せて動かない。

 ダンデの後ろにいるリザードンさえ身動ぎしない。尻尾の炎が、ゆらゆら小さく揺れるだけ。

 いたたまれなくなって、私はダンデから目を逸らした。

「――イヤだぜ!」

 えっ、と私はダンデを見つめる。

「イヤだぜ! オレは、キミを諦めない!!」

 ぐっとダンデが拳を握る。

「世界が違う? それがどうした!」

 カッと目を見開いて、ダンデは立ち上がる。

「それは、キミを諦める理由にはならない! 見つけよう。帰る方法も、キミと一緒にいられる方法も!」

 そして、私の手を、その大きな手で包み込んだ。

「だから、オレの隣に居てくれ」

 ああ、どうしよう。
 帰る方法はもう見つかってるのに。

 ダンデに必要とされているのが嬉しくて、離れたくなくて、――言い出せない。

 どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう!

「ダ、ダンデ……、あの」

 包まれた手とダンデを交互に見やる。

 ダンデと一緒にいたい。
 でも、ダンデは帰らないといけない。

「つまりその、一旦帰ってまたこっちに戻ってくる方法を考えてるとか、そういう……?」
「ああ!」

 ちょっと待って。

「もしくは、がこっちに来ればいいじゃないか」
「――」

 私が、あっちの世界に?

。こっちの世界で言う、鳩が豆鉄砲食らった顔してるぜ」
「仕方ないじゃん! そんな簡単にサラッと大変なこと言っちゃうんだもの!」

 そりゃ、あっちの世界に行けたら……いいけど……。
 私だって生活があるわけで。いきなりあっちの世界に飛び込むのはちょっと……いや、かなり怖い。

「無理でしょ。帰る方法も見つかってないのに」

 嘘をついてしまった。胸が痛む。

 帰る方法がなければダンデはずっと私と一緒だ。そう考えてしまって……短冊のことを言い出せない。

「無理じゃない。最初から決めつけたら何もできない。諦めるのは、全てを探し尽くしてから。それからだ!」
「……うん」

 どうしよう。言わなきゃ。帰る方法があるって。

 なのに、言い出せない。

「とにかく、帰る方法を見つけようぜ! それが、世界を渡る方法に繋がるはずだ!」

 ごめん、ダンデ。
 ごめん、あっちの世界の人たち。

 もう少しだけ、ダンデの傍にいさせてください。


***


「……あ。それはそれとして、ダンデの恋人にはなれないからね」
「えっ」

 今度はダンデが「鳩が豆鉄砲を食らった顔」をする番だった。

「どうしてだ、!?」
「万が一方法が見つからなかったら……、別れるってことでしょ。イヤだよ私。そんなの耐えられそうにない!」

 短期間で2回も別れを経験したくない。

「それに、私は家族が欲しいの! 重いかもしれないけど、結婚を前提にお付き合いがしたいの!」

 つまり、

「夫になる覚悟がなきゃダメです!」
「なるほど……?」
「うん。だから、恋人云々は保留で……」

 ダンデはがっくり肩を降ろしていたが、

「そうだよな、は前からそう言っていたな」

 と呟いて、

「世界が違う問題が解決すれば、キミは首を縦に振ってくれるんだな?」
「そういうことになる、ね?」
「――分かった。キミと家族になりたいから、オレは頑張る! だから、あとは世界を超える問題だけだぜ!」

 私は卒倒しそうになった。

 ダンデ、そこまでしてくれるの?

 私と家族になってくれるの……?
 3ヶ月かそこらの出会いの私のために……?

 どうしよう! やっぱり離れたくない!

 ますます短冊のことを言い出せなくなってしまった。