
芽生えて育って⑤
ズシ、急に家に来たいって、何があったんだろう?
「どうしたの?この年末に何かトラブルに巻き込まれた?」
『んーん。それは違う。あのさあ、実は今日、食事の約束を取り付けた人がいたんだけどさあ……ドタキャンされて』
「お、おう……」
そうか、この年の瀬にまでズシは恋人探しに頑張ってるのね……。なんというか、お疲れ様……。
『それでさ。毎年うちの実家は、年末は旅行するわけ。実家帰っても誰もいないのよ。年末ぼっちはイヤ! だから、今からそっち行ってもいい?』
「あー、なるほど……」
私はちらりとダンデの方を見た。
ダンデは私の視線に気が付き、にこりと笑った。うわ、顔がいい! じゃなくて!
うーん、どうしよう。ダンデがいるんだよなあ……。リザードンもいるんだよなあ……。ズシが来るとなると、色々誤魔化しをしないといけないわけで。
でも、ひとりぼっちの年末は嫌だという、ズシの主張も分かる。
私だって、本来なら年末はひとりぼっちだったはず。ダンデとリザードンがいるから、こうしてにぎやかに鍋をつついて年越しできるのだ。
それを考えたら――。
「――いいよ、おいでよ。一緒に年越しだ!」
『あ〜、ありがとう〜! 賄賂お酒差し入れするわ』
ズシ、まさか泣いてないよね? 断られると思ってたのかな。
「今、鍋やってて。シメの雑炊と年越しそばくらいしか出せないよ。何か食べたいのあったら買っておいで」
『神か……! ごめんね、! 1時間くらいで着くと思う。タクシーで行くから住所教えて』
「了解。電話終わったらメッセージで送っておく。あ、それからダンくんもいるから。一応、お知らせ」
『そっか、アパートのお隣さんなんだっけ』
うん、そういう設定です。留学生で、お隣さん。
『あれ? 私、お邪魔じゃない? やっぱり行くのやめる? 馬に蹴られたくないし?』
「おいこら。普通においで」
そんなやりとりをして電話を切った。もう、こういう時まで茶化そうとするな。
「何かあったか、」
「ええとね。ダンデ、リザードン。お願いがあるんだけど……」
私はズシが来ることをダンデに伝えた。
「特にリザードン。ごめんね。しばらくボールに入ってもらうから申し訳ないんだけど……。でも、ズシは私の大事な友達だし……」
「オレは大丈夫だ。前にキミと打ち合わせした、海外の留学生という設定でいけばいいんだろ?」
「そうだね。ダンデのこと説明しても信じてくれる自信がないし、異世界があるとか言ったら頭おかしいと思われるかもだし……。友達なくしたくない……」
リザードンが「心配するな」とでも言うように、私に頭を擦りつける。本当にありがたい。私はリザードンの頭を撫でた。
「ごめんね、相談せず勝手に……」
「この部屋の主はキミだろ。これくらい気にせず、これから来る彼女を出迎えてくれ。必要ならばオレとリザードンは外に出るぞ」
「いやいや! そこまではいいよ。ダンデもいるって言ったし!」
こんな年末に外に放り出すなんてことしたくない!
「とりあえず、ダンデが住んでいる痕跡を消そう。洗濯物、ソファベッド、その他諸々を……」
リミットは1時間。ズシが来るまでに証拠隠滅作業をしよう!
***
「お邪魔しまーす! あ~、あったか〜い! 炬燵! 鍋! サイコー!」
ズシが買い物袋いっぱいにお酒を買ってきてくれた。お高いワインやらウィスキーやら日本酒やらが入っている。
「はい、賄賂です」
「ズシのそういうところ好きよ」
「現金よねえ、」
お互い顔を見合わせて笑う。
「あ、ダンさん! どうも~、お久しぶりです。改めまして、ズシです。よろしく」
「ああ、ダン――、レオンだ。よろしく」
ああ、ダンデ。名前をダンデ・って言いかけたな。
一応、ズシにはこう説明してある。
ダン・レオン。イギリスからの留学生で、ポケモン大好き。ダンデのファン。アパートのお隣さん。困っているところを助けてあげたのがきっかけで知り合った――と。
正直、ズシがアパートに遊びに来ると思ってなかったから、このお隣さん設定がバレないかひやひやしている。私の借りてる部屋、右隣は空室で左隣は確か女性だった。あまりアパートに帰ってくることがないのか、ポストから郵便物がはみ出ている。ダンデが来た当初、私は結構大きな声で叫んでいた記憶があるから、苦情が来なくて本当によかったよ。
とりあえず、ズシが何も気付かずに帰りますように……。
「いやあ、本当にダンデそっくりだよね。ちょっとお訊きしたいんですが、その髭は自前?」
「自前だぜ」
「わあ! すごい、触っていいですか!?」
「いいぜ」
「ず、ズシ! ダンくんを困らせないで!」
やめてくれ。ダンデも「いいぜ」じゃないでしょ。ズシはね、その格好コスプレだと思ってんだよ? 今後コスプレする時の参考になるかもっていう目論見で「触っていいですか」って訊いてんだからね? その流れでコスプレの話題になったら助けられないよ?
「やだな、冗談だって。……髪の毛ならいい?」
「オレは別に構わないんだぜ」
「……」
私は顔を手で覆った。前途多難だわ……。
「とりあえず、ズシは賄賂を出しなさい。ダン――くんは、洗い物お願いしていい?」
「ああ、分かった」
「りょーかいー」
ズシを炬燵に座らせて、私はダンデとキッチンに立つ。私は雑炊の準備をする。あと、確かスーパーで買ったオードブルの余りがあったから、それも出そう。
「何から飲むの?」
「梅酒!」
炬燵で待つズシにコップを渡す。飲みながら雑炊作っちゃおう。
「じゃあ、カンパーイ!」
「乾杯!」
ズシと乾杯してお酒を呷る。あー、美味しい!
「命の水!」
「ガソリン!」
「キミたち……、特にはあまり酒を飲み過ぎないように」
ダンデから釘を刺されてしまった。いや、でも今日は年末だから……、羽目を外して飲みたいところ。
あ、でもズシには気を付けないと。ボロが出たらダンデのこと誤魔化せない。
「ダンくんも飲めばいいのよ」
「いや、オレはあまり……」
「さてはダンくん、自分の限界を知らないな? 酒は限界まで飲んで吐いて、次の日二日酔いの頭痛に苦しむ経験を知らないな?」
「そこまでして飲む必要があるのか?」
「限界を知るため飲むの。そしたら、次は飲み過ぎないでしょ」
「一理あるな?」
「ないよ」
こんなこと言うズシだけど、何回も二日酔いで苦しんでいるのを知っている。
「ズシ、無理に勧めないで。ダンくんも飲みたくないなら飲まなくていいよ。私がその分飲むから」
「ダメだ。キミは控えろ」
「えぇ……」
私は二日酔いになったこともなければ、お酒で失敗したことはないんだけどなー?
ダンデが皿洗いを終えて炬燵に入ってきた。大人3人は結構狭いね。足が絡まりあってる。私はタコ足配線を思い出した。
さてさて、飲みながら作っていた雑炊が完成した。
まあ、作ったと言っても追加の具材と溶き卵入れたくらいで、手間はかかってないんだけど。
「シメの雑炊作ってあるよ。2人とも、年越しそばのお腹残しといてね」
ズシは深々と頭を下げて雑炊の入った器を受け取る。「神よ」じゃなくて。私を拝むのはやめなさい。
「いや、でも本当に助かった! 毎年誰かしらと年越ししてるから、ひとりで家に帰りたくなかったんだよね……」
「気持ちは分かるよ。私もダンくんがいなかったらひとりだったと思う」
「私誘えばよかったじゃん」
「そうは言うけど、ズシは予定入れてたんじゃ」
「そんなのを優先するに決まってるじゃない。ま、実はその留学生くんとよろしくやってるのかなー、と思って遠慮してたわけなんだけど」
ちょいちょい、とズシが手招きするので耳を寄せる。小声で「で、このダンくんとはどこまで行ったの? ヤったの?」と訊くものだから、私は無言でズシの頭を叩いた。
「そういうこと訊く人は追い出すぞ」
「ごめんて」
「大人しく食べて飲んでなさい。ダンくんとはそういうのじゃありません」
「へーい……」
まったくもう、とぐびぐびとお酒を飲む。どうしてズシはすぐダンデと私をくっつけようとするのか。
ダンデとは――うん、手を繋ぐくらいで。本当、そんなんじゃないから!
「、いい飲みっぷりだね! 私ももっと飲むぞ~! ほら、ダンくんとやら。あなたも飲むのよ」
「1杯だけだぜ?」
そこから私たちは飲んで騒いで笑って――にぎやかな時間を過ごした。
この間の忘年会よりたくさんお酒を飲んでしまった気がする。ズシがどんどん勧めてくるからだ。そのうえダンデについて根掘り葉掘り訊いてくるからバレやしないかとハラハラして、思わずお酒に逃げてしまったのだ。
適当に誤魔化したりなんだりしたけど……、今、何故かポケモンの話になってる。ダンデ自身の話じゃないからいいけど、ポケモンのことだからなあ……。ボロ出ないかな。大丈夫かな。
「リザードン育てるなら技構成ってどうしたらいいのかね」
「そうだな……。バトル形式は?」
「3対3シングル。勝ち抜き」
「……ダイマックスはありか?」
「あり。リザードンを主軸にしたいんだけど、どうしたらいいかな。あ、ちなみに性格は“おくびょう”だよ」
「そうだな。苦手なタイプ――例えばみずタイプやいわタイプ対策にくさタイプの技を入れるとして――」
ボロが出ないかとか、そんなレベルじゃなかった。ズシとダンデの会話についていけない私がいる。
ダンデ、楽しそうだな……。私はズシみたいなガチ勢じゃないから、バトル戦略とかまったく分かんないや。
あ、なんかモヤモヤする。心の奥で「ズシばっかりズルい」ともうひとりの私が叫んでる。
――私のダンデだったのに!
……いやいや。
いやいやいやいや。
何だよ、私のダンデって。
いいことじゃないか、ズシとダンデが楽しそうに話してるんだから。
まるで、そんな、嫉妬みたいな……。
……えぇ、嫉妬……?
私はその思いを振り払うように、コップに残っていた日本酒を一気に飲み干した。
「年越しそば作ってくる」
そう宣言して私はキッチンへ向かう。
ズシもダンデも「ありがとう」とお礼を言う。それが余計に私をみじめにさせた。
ああ、バカだな、私。こんなので嫉妬とか。ダンデが誰かと――異性と話すたびに嫉妬するの、私?
今までこんなこと、思ったことなかったのに。お酒のせいだろうか。
……うん、お酒のせいだ。
沸騰するお湯を眺めながら、私はぎゅっと手を握りしめる。
ダンデとズシが仲良くなるのはいいことだ。悪いことなんて何にもない。大切な人たちが知り合いになるのはいいことなんだ。
嫌な気持ちで年越しはしたくない。
明日になれば、こんな気持ちは消えてなくなる。
大きく深呼吸する。軽く頬を叩く。
うん、大丈夫。
大丈夫だよ。
年越しそばを食べて、お酒をまた飲んで、ズシとダンデと話をして、またお酒を飲んでいるうちにだんだん眠くなってきてしまった。
まだ寝るわけにはいかない。ズシがいるのに。そういえば、泊まるのか訊いてなかった。……ああ、でも……、眠い……。
うとうと、うとうと瞬きを繰り返し――抵抗虚しく、私は眠りの世界に滑り落ちていった。
***
『2020年まで――5、4、3、2、1! あけましておめでとうございます!!』
テレビから、新年を祝う喜びの声が聞こえてくる。
2020年。こちらの世界では、新しい1年が始まった。
ガラルはどうなっているだろうか。
帰る手段が分からないなら焦っても仕方ない。そう思ってこの世界で過ごしてきたが――ホップ、オレの家族。オレの手持ちポケモンたち。ガラル地方の皆はどうしているだろうか。いい加減、本腰を入れて帰る手段を見つけないとな。
との生活は心地よくて、いつまでもこの時間が続けばいいのにと願ってしまう。
いや、ポケモンがいないのは辛いことだが……、チャンピオンではないこの穏やかな時間というのが新鮮で、まだまだここにいたいと思ってしまう。
この世界にもポケモンがいたらよかったのにな。
そうしたら、ポケモンたちとと、もっと楽しい時間が過ごせるだろうに。
「いやあ、2020年だよ! あけましておめでとう、ダンくん。も――あれ、。寝てる?」
はすぅすぅと寝息を立て、クッションを抱き枕代わりにして眠っている。そういえば、彼女の寝顔は初めて見たな。
「いつもよりペース早かったもんね。私も飲ませすぎちゃったかも。ごめんよ、」
「キミも飲みすぎだぜ。二日酔いにはなりたくないだろ?」
ズシはケラケラ笑いながらウィスキーを飲んでいる。何杯目なのだろうか。もズシも酒に強いらしく、よく飲む。
「ダンくん、うちらの保護者みたいだね。ね、それって素なの?」
ズシは朗らかにそう言って、テレビを消した。
「それとも、演技?」
すっと彼女の顔から笑みが消えた。
「……ねえ。あんた、一体何者なの?」