
芽生えて育って①
26日はおばあちゃんの四十九日だった。
「ふう……。ダンデ、付き合ってくれてありがとうね」
お寺に行って、和尚さんに読経をしてもらう。それだけなのに緊張していたらしい。アパートに帰ってきたらどっと疲れが出てきた。
「いや、これくらいどうってことないぜ。キミには世話になっているんだから」
ダンデは喪服のネクタイを緩めた。ちなみに喪服はレンタルである。今どき何でも揃うね。便利な世の中だ。
「しかし、本当にガラルとは何もかも違うな。教会――じゃなくて、寺だったか? 改めて異世界に来たことを思い知った」
「あれが日本の文化だよ。独特な雰囲気があったでしょ」
「ああ。ショウコウなんて初めてだ。ドッキョウも独特なリズムで興味深かった。だが、センコウの香りはちょっと慣れないな」
ダンデはそう言って、クンクンと袖を服を嗅いでいる。分かる。線香の匂い、染み付いてるような気がするよね。気になるならシャワーを浴びてもいいのよ。
「シャワー浴びてくる? あ、その前にこっち。仏壇に手を合わせて」
「ああ」
線香をあげて、鐘――おりんというらしい――を鳴らして、手を合わせる。目を瞑り、私は心の中でおばあちゃんへ話し掛ける。
おばあちゃん。私ね、もうおばあちゃんに会えないのがすごく悲しい。もっともっと、親孝行したかった。ここまで私を育ててくれたのに、全然何も返せてないよ。
それからね、ダンデに出会ったからかな。寂しい気持ちが和らいでくの。
太陽みたいな人だよ。
この人の笑顔を見てると元気になれるんだ。不思議だよね。
異世界から来た人だから、いつかはお別れしなくちゃいけないんだけどさ……。
おばあちゃん、どうか安らかに。
私たちを見守っていてね。
私はゆっくり目を開けた。
「ダンデ、いいよ。ごめ――びっくりした! 何? 私に何かついてた?」
ダンデが私をじっと見つめていた。顔がいい人に見つめられると落ち着かないよね。そんなまじまじとこっち凝視しないでよね……。
「随分長く祈っていたから、つい……。何をそんなに祈っていたんだ?」
「うん? おばあちゃんに近況報告みたいなものを長々と。あと、ダンデの紹介もしておいた」
「それは光栄だ。オレも『あなたの大事なお孫さんのところに厄介になっています』と謝罪していた」
「それはご丁寧にどうも」
ダンデが私の家族の写真を見ている。その眼差しは、春の穏やかな陽気のように温かい。
……なんというか。もしかして、私が祈っている間もそんな眼差しずっと私を見つめていたのだろうか。
ありえるわあ……。うっかり恋したらどうするんだよ……。
いや、言うて私は恋に落ちるとかないんですけどね。私は恋愛クソ雑魚女もとい異性耐性ゼロ女だけど、親愛のそれを恋愛に取り違えるなんて愚は犯しませんとも。
でもね、ダンデ。そんな顔はファンに見せたらダメだよ。誤解するよ。女性ファン辺りがうっかり恋に落ちるよ、と言いかけてやめる。
そういえば彼は今、チャンピオンお休み中である。
これは、ただのダンデとしての――。
「ダンデ」
「ん?」
こちらを見る瞳は、やっぱり穏やかで優しい。
初めて会った日の笑顔とはまた違う。
チャンピオン・ダンデが、誰の手にも届かない輝きを放つ太陽なのだとしたら。
今のこれは――、ただのダンデは、寄り添って温もりを分かち合えるような、穏やかな輝きを放っている太陽だ。
そうか。ダンデの本質は太陽なのか。
「――ううん。何でもない。えっと、四十九日でやることは終わったしさ、線香の匂い気になるならシャワー浴びてきなよ。喪服でいるのも窮屈でしょ」
「ああ。そうさせてもらう。キミはいいのか」
「うん。後でいいよ」
脱衣所へ向かうダンデを見送りながら、私はほんの少し、嬉しくなる。このダンデを知る人は、この世界ではまだ私しかいない。優越感、いや、マウントとでもいうのか。厄介な古参オタクみたいでよくないのかもしれないけど。
また1つ、あなたを知ることができた。
それが、堪らなく嬉しい。
***
その日、私はダンデが隣で見守る中、ポケモンソードをプレイしていた。せっかくのお休みなので、ドンドン進めて行きたいと思う。
続きはワイルドエリアから。マグノリア博士から図鑑とダイマックスバンドを、ダンデからジムチャレンジの推薦状を貰った私とホップは、開会式に出るためにエンジンシティへ向かうことになる。
途中、電車が止まってしまったため、ワイルドエリアを通っていくことになったのだけど――。
「すっっっごい楽しい! キャンプ楽しい! カレー作れる! ポケモンと遊べる! 見たことないポケモンばっかり! 天候でポケモンが違う? マックスレイドバトル? すごい、楽しい!」
「、分かるぜ! 楽しいよな!!」
ダンデと私は目を輝かせてゲーム画面に齧り付いていた。だってもう、これストーリー進めるの二の次になっちゃう。超楽しい!!
「実際、ワイルドエリアってどうなの? ゲームでは楽しいけれどさあ、厳しい所でもあるんでしょ?」
「そうだな……。多種多様のポケモンが生息している、自然溢れる広大なエリアだが、中にはとても強い野生のポケモンがいる。新人トレーナーが野生のポケモンの強さを見極められずに挑み、あわや全滅寸前……といった例は珍しくもないんだ」
リーグスタッフが巡回しているから危険な目にはそうそう遭わないらしい。よかった、子どものトレーナーがジムチャレンジしてるんだ、そのくらいのサポートはあるよね。
「初めは“ピッピ人形”を買っておくことをオススメするぜ。これなら確認に逃げ切れる。または、特性【にげあし】を持ったポケモンを連れていくのもいいな!」
さすがダンデ。アドバイス、ためになるよ。
「とはいえ、ワイルドエリアは修行にはうってつけの場所だ。オレもよくキャンプをしながらリザードンたちを鍛えたものだったな」
ダンデが目を細めている。ジムチャレンジ時代を思い出しているのかな。
「オレも久しぶりにワイルドエリアでキャンプをしたいな。キミも連れていきたい。ゲームとはまた違う面白さがあるんだぜ!」
「私もキャンプしたい! あ、でもキャンプだけならこっちでもできるよ。暖かくなったらやってもいいかもね」
私はにこにこ笑ってみせる。敢えて話を逸らしてみせる。
私も、ワイルドエリア行ってみたい。
ダンデの生まれた世界に行ってみたい。
だけど、それはきっと無理な話。
ダンデを帰す方法で手こずっているのに、私がトリップする方法がそう簡単にあるはずもなく。気軽に行き来できるならいいけれど、そう上手い話はないだろう。
「キャンプするならテントだよねー。というか、何が必要なの、ダンデ?」
「ん? そうだな――」
私は、彼を帰すことだけを考えればいい。