百物語をしよう!③


 百物語は順調に進行していった。鯰尾藤四郎、薬研藤四郎、大和守安定が語り終えた(鯰尾は噛みまくり、薬研は演技力で怖さを演出し、安定は語る時の顔が尋常でないほど恐ろしかった)。

 蝋燭の灯りが少なくなり、始めた頃に比べて部屋は暗くなる。

「主、大丈夫?」
「はい。今のところは」

 清光の問いに、は静かに頷いた。

「主って、怖いの平気なんだ」
「平気ですね。それに、幽霊を見たことはないので怖いと思ったことはないです。幽霊には脳の錯覚、集団心理──」
「その話、長い?」
「長いですね」
「じゃあ、短く」

「2205年になっても、幽霊の正体がこれだという、納得のいく説明がなされていません。審神者の力も付喪神も科学的説明がないので……、私は幽霊はいるのかなと思うことにしています」
「長いよ」
「すみません」

 幽霊はいるけれど、怖いとは思わない。の結論は、つまりこうであった。科学的説明が出来れば、また変わってくるのだが。

「付喪神と一緒に生活していますからね」
「あー、慣れたってこと?」
「それに。悪い物は全部、清光さんたちが斬ってくれるではないですか」
「あっ、主ー!」

 感極まった清光が更にぎゅぎゅうととの距離を縮めた。

「盛り上がっているところ悪いね。次の話が始まるよ」

 そこへ歌仙が冷ややかに言葉を投げかける。は「失礼しました」と居ずまいを正し、清光を腕から優しく引き離す。

「手、繋ぎましょうか」
「……えー、でも俺……」

 言いかけて、清光が口を噤む。の方から殺気を感じたためだ。いや、正確にはではなく、の左隣から――

「うっ、うん! 大丈夫! 繋がなくても」
「えっ! いいんですか?」
「おっ、俺……安定と繋ぐからー」
「な、何。嫌だよ……」

 は首を傾げつつ、独り言を呟く。

「急にどうしたんでしょう」

 つっ、と歌仙を見やるが、彼は明後日の方向を向いていた。世の中、知らなくていいことはたくさんある。

「えーと、次は誰でしょうか」

 の問い掛けに答えたのは、

「僕だよ」

 歌仙の隣に座る小夜左文字であった。

「まあ、小夜君のお話ですか。一言一句漏らさず拝聴しますね」
「ありがとう」
「どうしてこうも主は短刀に甘いのか……」

 歌仙が遠い目をしてぼやく。

「それで、どんなお話をしてくれるのですか」
「……僕が斬ってきた人間と……持ち主たちの……血にまみれた復讐の話をしようと思う」

 この時、以外の刀剣たちは思った。

(やっぱりその話するんだ)

「これ怪談か?」
「怪談じゃないと思う」
「小夜君、頑張って下さいね」
「大将、これは怪談じゃ」
「怪談です」
「いやでも怪」
「怪談です。小夜君、どうぞお話して下さい」

「大将……」
「主……」
「どうしてこうも主は短刀に甘いのか……」

 薬研の進言をは一蹴してしまった。主が白と言えば烏も白になるのだ、刀剣男士はに従うのみである。

「じゃあ、始めるよ」

 かくして、小夜左文字による血にまみれた復讐と怨念の怪談(仮)はたっぷりと語られたのである。

 その内容たるや、B級映画も真っ青である。鯰尾がに話した動物解体の話が可愛く思えるほどだ。首、目玉、足、鼻、手――想像すれば肌が粟立つ。

「――これで、お仕舞いだよ」

 語り終えた小夜は、些か満足そうな表情で蝋燭の火を吹き消した。しばらく、部屋は静寂に包まれた。

「はあ……、結構やるじゃん。生々しい感じがさあ、場景が浮かぶっていうか……まあ、怪談じゃないけれど」
「血沸き肉踊るってこういうことだよね。怪談じゃないけれど」

 清光が溜め息を混じりに感想を漏らし、安定が目を輝かせる。それを皮切りに、他の刀剣たちも口々に感想を呟いた。

「主様、どうでしたか?」
「とても……良かったと思います」

 この時、にはとある異変が訪れていた。

(どうしましょう。すごく……くらくらします)

 気分が悪かった。鳥肌が立っていたし、頭がぐるぐる、瞼も重い。

(私、もしかして。ホラーは平気だけど、グロテスクなものはダメだったのかもしれないです)

 年齢指定が入りそうなグロテスクな映画も観たことがないし、親からも止められていた。そういえば、ドラマの手術シーンも、なんとなく遠目で観ていたことがあった。

(さ、小夜君のお話が上手で想像力が掻き立てられたせいですか……。鯰尾君のは大雑把な解説だったからか、気分が悪くなるなんてことはなかったのに……)

 は気付かれないよう、二の腕をそっと擦る。

(まだ退出はしたくありません。盛り上がってきたところに水を差すような真似なんか……)

 唇を噛みしめ、は姿勢を正す。せっかく仕事を放り投げてこちらを優先させたのだ、楽しまなくてはと思う。

「さて、次はどなたですか?」

 無理矢理明るい声を出し、進行を促す。誰もの空元気には気付かない。

「……」

 しかし、歌仙兼定だけが。

 何も言わず、をじっと見つめていた。


***


「それじゃあ、次は俺かな」

 続いて、鶴丸国永が語る番となる。

(そろそろ主を驚かせないとね)
(そうだな、ちっとも怖がってないようだが)
(驚かせるのは僕の役目だね。彼の話が終わった直後にしようか)

 石切丸、薬研、青江がひそひそ打ち合わせを始める。

(青江、結局お前さんがどう驚かせるのか俺っちは聞いていないんたが)
(ああ、大丈夫。任せておいて。隣が歌仙君でやりにくいけれどね)
(……今更だけれど、果たして上手くいくのかな)

 石切丸は不安そうに呟いたのだった。

 一方、

「言っとくけど、背後から驚かすとか、なしね?」
「それ、僕からもお願いしたいな」

 清光と安定が鶴丸へ釘を刺していた。彼は豪快に笑い、

「それも考えたが、やはりここは俺の話術で君たちを驚かせてやろうと思ってね」

 その場にいた以外の刀剣はこう思った。

(ああ、一度は背後から驚かすの考えたんだ)

「ははは、泣いて驚け」

 そんなことは露知らず、鶴丸はにやりと笑い、語り始めた。


***


 とある武士の男が、古くから付き合いのある友人の家を訪れた。2人とも部類の酒好きで、夜が更けるまで酌み交わした。

 酒の肴にと、巷では女の幽霊が夜な夜な徘徊しているだの、柳の下に幼子を抱えた親子の幽霊がいただの、そんな話をして酔い潰れてしまった。

 男は厠へ行きたくなって目を覚まし、部屋を出た。用が済んだ後、何とはなしに歩いていたら、どこかの部屋から声がする。

 ――……り、ない。

 男は好奇心には勝てなかった。それは女の声のようで、すすり泣いているようにも聞こえた。男は意を決して、足音を立てずに忍び足で廊下を歩いた。

 ――とつ、……っつ、

 近付いていくと、はっきり声が聞き取れるようになってきた。数を数えているのか。そう思ったのさ。やはり、泣いている。何があったのかますます気になった。

 ――ひと、……よっつ、……いつーつ、むっつ……、

 障子の向こうに人影が見えた。行灯を点けてはいるが、部屋は薄暗い。涙声で、その部屋の人物は数を数えるのさ。時々、カチャカチャと音を立たせてね。

 ――ひとーつ、ふたーつ、みっつ、よっつ、いつーつ、


***


 その瞬間、障子の向こう――鶴丸の背面に人影が現れた。髪の長い人影である。

「鶴丸さん、」

 はそれにいち早く気付いた。

「ん、何だい主? 怖くなったか」
「後ろ、」
「俺を驚かせようったってそうは、おお!?」

 振り返った鶴丸が驚きの声をあげる。

 ――ひとーつ、ふたーつ。

 ギシギシと。障子の向こうの人影は、何かを数えている。ちょうど、鶴丸の話とリンクするかのように。

「鶴丸の演出?」
「いや、俺はこんな仕込みしてないな」

 清光の問いへ暢気に鶴丸が答える。

 では一体誰なのか……?

(青江君の演出? 語り終えてからって言ったのに)
(いやいや、違うねえ)

 青江も自分ではないと首を小さく振る。刀剣たちの間に微かな緊張が走った。障子の向こうの人影の正体は何なのか。まさか、幽霊ではあるまい。

 ならば、敵なのか?

 彼らは臨戦態勢へと入る。障子に近い鶴丸がしゃがみこんで、音も立てずに忍び寄った。そのまま障子へ手をかける。は唾を飲み込んだ。具合の悪さは最高潮に達していた。目眩がするのだ。

(一体、何が)

 と、障子に何かが飛び散った。

「うわっ」

 誰かが呻いた。自分の声か、誰の声か? には分からない。

(血……?)

 血の気がさあっと引いたのを感じた。我慢するも、とうに限界だったようだ。目の前がぐるぐると回って気分が悪い。目を開けていられない。寒い。冷や汗が滲み出る。

 座っていられない。

(誰か、)

 誰か、と。
 無意識に手を伸ばした先には。

「主、」

 水晶の瞳を持つ彼がいたので、

「あ、……兼定さん」

 視界が暗転する寸前、彼の名を呼び着物の裾を掴んだ。


***


「俺が驚かされようとはな、誰だっ! ……って君は……」

 叩きつけるように障子を開け放った鶴丸が見たのは、

「なっ、なん……何なんだ」

 白い布を頭から被った刀剣男士であった。

「もしかして……、山姥切国広?」
「……初めて見た」
「引きこもり、出てきたの?」

 が呼び出して以来、部屋に引きこもっていると伝えられている。山姥切に初めて出会う刀剣は多かった。

「どうして、こんな夜中に出歩いているの?」

 安定が訊ねると、

「別に、何だっていいだろ……」

 山姥切は不貞腐れたようにそっぽを向いた。

「良くないだろ。お前、紛らわしいんだよ。怪談やってる時にさあ」
「そうだね。後で事情を聞こうじゃないか。でも、今はそれどころではないかな」

 清光の意見を肯定したのは歌仙であった。そちらを見れば、瞼を閉じてぐったりしている主がいるではないか。山姥切以外の刀剣は大いに慌てた。

「あっ、主!?」
「主様!」
「やっぱり怖いのダメだったじゃんか!」
「いや、……寝てるだけさ。主、多分3日は徹夜しているんだ」

 そう言いながら、歌仙はを横抱きにして立ち上がる。

「近々提出する書類が間に合わない、鍛刀する資材が足りないなど言っていたからね。その最中にこちらへ来るんだ、疲れてしまったのだと思う」

 皆、初耳だった。は疲れた素振りを一切見せなかったからだ。その中で、青江は思い出す。が一度誘いを断ろうとしたのは、書類仕事がまだ残っていたせいなのだと。

「あー、やっちゃったなあ 」

 青江は小声で呟くと、

「じゃあ、歌仙君。主の介抱をお願い出来るかな。僕は山姥切君の話を聞いておくからさ」
「もちろん、そのつもりだよ」

 呆気に取られた山姥切を一瞥し、歌仙はを抱えて部屋を出ていった。

「……ま、後でこっそり覗きにいくんたけどね」
「これは、上手くいったってことでいいのか?」
「薬研君、良いんじゃないかな。驚かせ役はいらなかったみたいだ」

 薬研はそうだなあ、と頭を掻いた。これで2人の仲の良さが縮まればよいのだが。

 しかし、

「歌仙の奴、少し怒ってなかったか?」
「あー、そうかもねえ」
「案外、俺らが世話焼かなくても良かったのかもしれねえな」

 それを聞き、発案者の石切丸は苦笑する。

「う、うん。終わりよければ全てよし、というから。僕らのこの計画は成功っていうことで」
「何の話だ?」
「それより、俺は帰ってもいいか……」
「主は大丈夫かな」

 残された刀剣たちを置いて夜は更けていく。

 思わぬ方向に転がった百物語は、これにてお開きとなった。