サビ組のボス、今日もクレープ屋に現る

※本編でのかっこいい漢のカラスバさんはいない。
※だいぶコガネ弁が怪しい(関西在住フォロワーさんにアドバイスもらいました!)
*一応ないとは思いますが、ネタバレにはご注意くださいませ。

書きたかったこと:例えば、カラスバさんが少女漫画における壁ドンされるヒロインで、夢主が無意識に壁ドンしてしまう側

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「……何でも屋さんって、暇なんですか」
「ああ?」
「いえ、なんでもないです」

 カラスバさんからの鋭い視線を避け、大慌てで首を横に振る私。
 今日のミアレシティは快晴だが、私の心中は雷鳴轟く雨模様。
 ああ、どうしてこうなった。列を成して並ぶサビ組の皆さんにクレープを渡しながら、半泣きで考える。

 私はミアレシティの広場を転々とする移動クレープ屋で働くアルバイトだ。
 1年も経てば街のマップは完璧に頭に入ったし、迷子を親元に送り届けるくらい朝飯前だっていうのに――。

「このクレープはオレの奢りや。残したら承知せえへんからな」
「はい、ボス。ありがとうございます!」
「わ、わあ……」

 関わったらヤバそうな人たちを回避する術は身につけられなかったのだ!

 最近サビ組の人が来店されるので、私は戦々恐々としながらクレープを焼いている。

 サビ組って基本いい噂を聞かないから、お客さんでもなきゃ関わりたくないよ。なんで今月3回も来るんですか。

「あ、あの……モモンのみのクレープでお待ちの方は……」
「オレや」

 最後の注文はカラスバさんだったようで、険しい顔でクレープを受け取り、そのまま口へ運んだ。ずっと眉間にしわが寄っているから、美味しいのかどうか分からない。

 冷や汗を流しながら、早く帰ってくれないかな、と祈る。サビ組がクレープ屋の前にいる間は、他のお客さんが来ない。理由は単純。進んでサビ組に近付く人なんていないから。何がきっかけで因縁つけられるか分からないじゃない。これってある意味営業妨害なのでは。

 とはいえ、カラスバさんたちはクレープを食べて帰るだけ。残さず帰るし、チップは弾んでくれるし、ゴミもポイ捨てしないし、むしろそこら辺の一般人よりちゃんとしているんだよな……。

「オマエ、ナマエいうたな?」

 クレープを食べ終えたカラスバさんは、じろりと私を睨む。
 アーボックを前したフェアリータイプのポケモンのように、私はぎくりと身を固くした。――あれ、カラスバさんの口の端に生クリームついてる。

「聞こえとるか?」
「は、はいっ! ナマエでございますです!」

 生クリームに気を取られて返事が遅れてしまった。

「……あれ。私、名乗りましたっけ」
「オレがこの店に来た日、自分から名乗ってたやろ」
「そうでしたっけ」

 サビ組――いや、最初に店に来たのはカラスバさんだった。あれは大体3ヶ月前くらいか。

「覚えてへんか。オマエのバイトの先輩がお金返さへんから、様子を見に来た時や」
「あっ、そうでした」

 実は先輩を庇うのに必死だったから、あの時の記憶が曖昧なんだよね。……カラスバさん相手にポケモン勝負を仕掛けて負けたのは覚えているけど。
 先輩は私を盾にして逃走し、次の日のシフトを欠勤。その後、連絡がつかなくなってしまった。彼の行方は誰も知らない。

 あれ。でも、色んなところに顔が利きそう(偏見)なサビ組が、みすみす債務者先輩を逃がすんだろうか。

「ちなみに、カラスバさんってあのバイトの先輩がどこに行ったか、知っていたり?」
「なんや。あの男に惚れてるから気になるんか?」
「いやまったく!」

 カラスバさんの声が低いのが気になるところだが、口の端のクリームに目が行ってしまう。いつ指摘しようか。

「惚れてるから、オレ相手にポケモン勝負仕掛けてきたんちゃうんか」
「まさか!」

 私は必死で首を横に振った。とんだ誤解もあったものだ。

「あの時は怖い人サビ組たちが店に来たから追い払おうと必死だっただけです。事情を聞いたら先輩も半分以上は悪かったですし……。お世話になった人なんですけど、勤務態度がいいかって言ったら、微妙ではあったので」

 女性客にナンパして男性客にはぞんざいな態度だったので、先輩のことはちょっと苦手だった。クレープ作りの腕はピカイチだったけど。

 お金に困っていても、借りるのはやめましょう。サビ組なんてもってのほかだよ。契約書も隅々まで読もうね。先輩の借金、利息がとんでもないことになっていたんだから!

「そうなんか」

 カラスバさんの声のトーンが、少し、いつもの感じに戻った。

「オマエは気にせんでええ。助けてくれた女を見捨てるやつは、男の風上にもおけん。街のヘドロ掃除がお似合いや」
「は、はあ……」

 クリームが気になるせいで何か大事な聞き逃したような……。

「ボス。そろそろ次の予定が」
「ああ。せやったな」

 カラスバさんと話している間に、サビ組の皆さんはいなくなっていた。彼の後ろにはいかにも強そうな、いかつい男の人が控えている。ジプソ、とカラスバさんが呼んでいたっけ。

ナマエナマエ。次、いつ休みなん」
「明日ですね」

 私は自分自身を呪った。関わりたくないなら素直に答えるなよ!

 カラスバさんも同じことを思ったようで、「ヤドン並みに呑気やな」と頭を掻いていた。

「な。どうせ暇やろ」
「決めつけてきた。予定くらいあります」
「予定?」

 カフェでポケモンとのんびりする予定があるんだ。別にね、友達いないわけじゃないから。

「……暇やんな?」
「ひっ、暇です」

 カラスバさんからの威圧を感じ、私は一歩後退した。クレープ屋台のカウンター越しとはいえ、凄まれたら離れたくもなる。クリームついたままだけど。

「付き合うてや」
「えっ」
「またポケモン勝負したいねん」

 カラスバさん曰く、私との勝負が結構面白かったらしい。

「オマエ、見た目の割に度胸あるんやな。この間はフェアやなかったさかい、もう一度やろうや」

 確かにこの間はフルメンバーじゃなかったし、サビ組の人が割って入ってきたし、先輩が逃げたから勝負が途中で終わったんだよな。まあ、あれは勝負というより死闘って感じでしたが。

「うう、はい」

 断ったらどうなることやら。私は素直にうなずいた。正直者は馬鹿を見るなんて言葉、サビ組の前では当てはまりません。

「そうやなあ……、明日の14時にしよか。オマエの家に迎え行かすから、事務所に来てや」
「はいぃぃ……」

 何故私のアパートを知ってるんだろうね。訊きたいけど、スルーしておこう!

「よ、よろしくお願いします」

 カラスバさんは満足そうに笑った。あ、ちょっとだけ怖くない、かも? いややっぱ怖いわ。気のせいだわ。

「ほなまた」

 ジプソさんに促され、カラスバさんは立ち去ろうとする。やっぱり生クリームはついたまま。ジプソさんが指摘してくれそうではある。
 しかし、考えてみてほしい。こうやって会話を続けていた私が、カラスバさんに何も言わずに見送ったら……?

 はい、明日のシミュレーションです。

『気付いてたら早よ言えや! オレをおちょくってるんか!?』
「違います違います! タイミングがっ!」
『お陰で組の面目丸潰れや。オマエの家でポケモン大会やったるからな!』
『ぎゃー! やめてー! この狭いアパートでどくタイプ技は許してー!』

 はい詰みだね。最悪な未来が見えるね。これ以上平穏な日常を乱されないためにも行動を起こすべきだろう。
 この距離なら、まだジプソさんも気付いていないだろう。私はエプロンのポケットからハンカチを取り出し、カラスバさんを呼び止めた。

「カラスバさんっ」
「なんや」

 若干苛立っているが、立ち止まってくれた。私は【しんそく】にも負けないくらいすばやく動き、カラスバさんの口にハンカチを押し当てた。

「っぐ、オマエ」

 眼鏡越しに見えたカラスバさんの瞳が、微かに揺れた。

「やった、取れた!」

 私はカラスバさんの口の端を、仕上げとばかりに指で撫でた。よし、バッチリ!
 ハンカチから解放されたカラスバさんが抗議の声を上げる。

「なっ、何しよったんやオマエ」

 しいっ、と私は自分の口元に人差し指を当てた。
 さすがにジプソさんに聞かれるのはまずいだろう。ボスの威厳、半減なので。

「あのですね、その、カラスバさん」

 私は声を潜める。
 カラスバさんの喉仏が上下した。

「実はクリームが、口に付いてたんですよ」
「は?」

 ハンカチについたクリームを証拠として見せれば、カラスバさんは数秒固まったあと、ゆっくりと瞬きを繰り返し――チッと舌打ちをした。
 そして、地を這うような低い声で、こう宣った。

「……二度とクレープなんか食わん」
「そ、そんなあ!?」

 客として注文して食べたのはそっちなのに、理不尽ではないだろうか。

 私はがっくりと肩を落とし、足早に去っていくカラスバさんと、慌ててボスを追いかけるジプソさんの背中を見送ったのだった。

「ボス。どうされましたか」
「どうもせえへん」

 これは、サビ組の皆さんとの親交が、不本意ながら深まった未来で、ジプソさんから聞いた話なのだけど――。

 その日、事務所に帰ったカラスバさんは、何かを思い出すように口を触り、舌打ちし、苛立たしそうにクレープ屋のある方を眺めていたそうだ。

【終】

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