03.未発達的マインド - 1/2

変化する私たち①

 消太さんが退院した。

 包帯ぐるぐる巻きでミイラ男みたいだった。捕縛布も包帯のようだから余計にそう見えた。

 とはいえ、それ以外はいつも通りの消太さんだった。早く包帯取れて全快してくれたらいいな。

 さて、前回消太さんに「好きです」「惚れさせてみせます」と告白して逃げた私ですが。

「おいイシュカ
「さーて次の授業の準備しよー」

イシュカ、」
「お腹空いたなー。今日は何食べようかなー」

「おい、」
「あっ! そういえば生徒から相談があるとか言われてたな〜」

「いい加減にしろよ、イシュカ

 消太さんを避けていたら、とうとうとっ捕まりました!

 消太さんによって壁際に追い詰められてます! 壁ドン再び!

 ねえ、ここ廊下ですよ!? 放課後で生徒も先生も少ないですけど!? いつ誰が来るか分からないじゃないですか!?

「……で、お前。何で逃げるんだよ」

 消太さんはものっすごく低い声で訊いてくる。包帯の隙間から微かに覗く目は、私を非難しているようだ。

「いやそんなことはないですよ?」

 嘘です。そんなことある。

「明らかに避けているだろ」
「え? エー、ソウデシタカネー」

 目が泳ぐ。冷や汗が出る。

「――イシュカ、まさかと思うが俺に『好きだ』と告白して気まずいから避けているとかじゃないよな?」
「!」

 何で分かるんですか!? いや、それしか理由ないもんね!? 当たり前か!

 言い訳を必死に考えるが、何も思いつかない。というか誤魔化してどうするのかって話で。

「……どうしてやろうか、お前」
「ひぃぃぃ……」

 地を這うようなそれにすくみ上がる。宿題忘れて叱られる生徒みたいな心境だ!

「…………ここだとあれだ。仮眠室」

 くいっと親指を向こう側に向ける消太さん。はい、行きます。逃げません。

「はい、大人しく行きます……イレイザーさん」

 消太さんは一瞬動きを止めたが、何も言わずに歩き出した。

 警察に連行される敵ヴィランの心境ってこんな感じなのかな……。

◆◇◆

「お前、俺に何て言ったか覚えてるよな?」
「……はい」
「俺のことが好きだって?」
「……はい」
「惚れさせてみせるって?」
「うぅ……はいぃ……」
「そう宣言しときながら逃げ回るってどういうことだ。消極的な自分呪ったとか言ってただろ?」
「そ、そうですけどぉ〜!?」

 仮眠室のソファの上で、私は縮こまっていた。肩身が狭い! 向かいに座る消太さんから逃げたい!

 なんなんだろう、これ。何で説教されてるんだろう? こんなことある?

「は、恥ずかしくなりまして……。怪我人にいきなり何の告白かましてんのかと我に帰って、その……気まずくなりまして……」
「俺もいきなり何かましてんだ、と思わなくもなかったが」
「ですよね!?」

 動揺のあまり腕がどろりとスライムに変化する。ああ、“個性”が……!

「いいか、イシュカ

 消太さんが“個性”を発動する。スライムになりかけた腕は元の人間のものになる。

「お前が俺のことが好きだというなら、この関係に見直しが必要だ」
「……え」

 見直し?

「どういう、ことですか?」

 すると消太さんは溜め息をついた。

「どうもこうも……。俺はてっきり、お前は俺に恋愛感情を抱いてないだろうと思っていた」
「え」
「なあ、イシュカ。そもそも俺は、お前に抱く気持ちが本当に『恋愛感情』なのか確かめるために、仮恋人を持ちかけたんだ」

 うん、そうでしたね。

「仮に『恋愛感情』ではなかったとしても、お互いに好意がなければ双方傷つかずに済むだろう? なのに、お前が俺に恋愛感情を持っているんだったら……、話は違う。お前、失恋することになるんだぞ」

 消太さんは“個性”を解いていた。
 それでも私をじっと見つめている。

「いいのか、イシュカ。それで」

 なんだ、そんなことか……。
 私はへにゃりと笑った。

「そんなの、もう、とっくに承知してます」

 消太さん。
 なんというか、恋愛事になると、とてもとても非合理的なんですね。

 でも、優しいですよ。私を傷つけたくなかったんですね。

 そっか、私が消太さんのこと好きだと思わなかったから、誤算が生じたんですね。

「大抵の人は、仮恋人なんてまどろこしいことしないんです。『好きかも』『気になるかも』とか。『傍にいたい』『独り占めしたい』とか。色んな理由があるけれど、そんな予感に駆られて、気持ちに従って、告白して、恋人になったりするんです。非合理的なんです、多分。恋愛っていうのは。

 それに、大抵の人は仮恋人を承諾しません。しかもそれが恋愛感情を確かめるためって……。何言ってんだって引かれるのがオチです。私がお受けしたのは、イレイザーさんが好きだからですよ」

 大きく息を吸う。

「あなたが好きだから、仮の恋人でもいい。傍にいれたらいい。そう思ったんです」

 確かに最初は傷つくのが怖かった。仮の恋人ならダメージも少ないかな、とか思ってたりして。

「でも、先日言ったじゃないですか。イレイザーさんを惚れさせてやるって。だから、傷つくとかそんな心配しなくて大丈夫です! 逃げたりしたけど……、うん、大丈夫です! 恋する女性は強いので! ましてやヒーローやってんです! 失恋で傷つくヤワな心してませんし!?」

 何より、

「イレイザーさんは私を好きになってくれます! だから失恋するなんてないです! だから、この関係の見直しは必要ないです!」

 消太さんはソファの背もたれに寄りかかって――はぁぁぁ、と深い溜め息をついた。

「――イシュカ
「はい?」
「いいのか。未だに俺は、分からないんだぞ」
「いいんですよ」
「ハグも嫌がってたのに?」
「あれは恥ずかしいからです。好きなので」
「……ハグ以上を望んだらどうするんだ」
「キス、とか?」
「ああ」
「思うんですけど、嫌いな人にはできなくないですか? 恥ずかしいけど、したいですよ。……イレイザーさんを惚れさせるチャンスですし!」

 そこからポンポン質問が飛んでくる。私と消太さんは長いこと一問一答を繰り返して――。

「だから、『恋愛感情』なのか証明するための仮恋人ではなく、『イシュカに惚れるため』の仮恋人になってくれませんか」
「ああ……。逃げ回ってたお前がどう立ち回るか見物だけどな」
「そ! それは……、覚悟決めたので!」

 うん、そんなわけで、私たちの関係は、多分一歩進んだ……のではないだろうか。

「期間を決めるか。来年の4月まで、でどうだ」
「了解です! それまでにイレイザーさんを落とします」

 消太さんはふっと笑った。

「――」
「え、何ですか」
「いや、何でも」

 小声で呟いたから、聞き取れなかった……。

「で、早速だがイシュカ。訊きたいことがあるんだが」
「はいはい、何でしょうか」

 消太さんがぐっと前のめりになる。

「お前はもう俺のこと、『消太さん』って呼んでくれないのか?」

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